東北縦断の旅13日目 ~心配する警察~
このブログを読んで下さっている方々から「まだ福島県に居るの?」とよく言われる。それは僕の完全なる怠惰が原因。更新を怠っていたからだ。ごめんなさい。しかしとうとう山形県へ抜ける時がやって来た。
福島県・喜多方と山形県・米沢の間を隔てる様に聳える山々。そこの区間に30キロ程の峠道、大峠がある。この日の早朝、握り飯を3つ握り熱塩温泉を発った僕は米沢に向けて歩を進めていった。
峠に歩道は無かった。無いというよりも、雪に埋もれていた。ブル(除雪車)が寄せた、背丈程の高さまである雪ですっかり埋もれてしまっていたのだ。車道にはトラックを始め乗用車が猛然と行き来していた。それでも車道を歩くしかなく、僕は車道の右端を歩いていった。前方から車の唸る音が聞こえると車の邪魔にならぬよう、そして引かれぬように、聳える雪壁にヤモリの様に張り付いた。車が行ってしまうと再び歩き出し、また車が来たら雪壁に張り付くといったことを繰り返しながら峠道を進んでいった。進むにつれて山はどんどん深くなっていった。幾つものトンネルを抜け、最後4キロもの長さのある大峠トンネルを越えて山形県に入っていった。
※人は居ないだろうなと思っていたが、居た。工事現場の人々
※山形県との県境
~一軒の家~
大峠トンネルを越えると道は下り坂に変わった。暫く歩くと前方右端、山裾の少し拓けた雪原に一軒の平屋が見えてきた。一体こんな所に誰が住んでいるんだろう…歩くにつれて近づいてくる家は、僕の中に渦巻くそんな思いをどんどん強めていった。その思いは抑えがたく、僕は家を訪ねてみることにした。戸を叩くと中からお婆さんが出てきた。婆さんは僕の足先から頭まで見て、まるで野良犬を憐れむ様な顔で「どこから来たのよ、入ってちょっと休んできなさい」と言った。家に上がらせてもらい、茶を啜りながら話を交わした。
「しお、しお…しおっていう漢字はどう書くんだっけ…?」お婆さんが言った。
「海の…あのしょっぱいしおの事ですか?」
「そう、そうよ、そのしお!」
僕は小さな紙切れに“塩”と書くと、その後に婆さんは“地平”と書き加え「ここは塩地平と言うの」と地名を教えてくれた。
昔、この近くには八谷鉱山があり、鉱山夫として働く人々が塩地平には住んでいた。大体20世帯ほどの集落だったという。しかし、詳しい理由は分からないが鉱山が閉鎖すると、働き口が無くなってしまった人々は皆、山を降りて町に移ってしまった。世帯数は激減し、今ではお婆さんの住む一世帯しか無くなってしまったのである。
「もうここは猿くらいしかいねぇんだ、猿が柿でも菜っ葉でも大根でも何でも持ってっちまうんだ、両腕に大根抱えて持って行く猿なんて見ていると可愛いいんだ」お婆さんはゲラゲラと笑いながら言っていた。
これ以降人が住み着かない限り、あと数十年もしたらこの地は完全に自然に飲み込まれてしまうのだろう。
「この先に小野川温泉があるから、そこで疲れを癒すといいわ!」
僕は小野川温泉に行くことにした。
~心配する警察~
「君、君、ちょっと待って」
4時頃、ようやく峠を越えて町を歩いている時であった。僕は恰幅の良い警察に呼び止められた。
「君、なんですかその荷物は、家出でもしたんですか?」警察は疑い深そうに聞いてきた。
「違います。ただの旅ですよ。峠を越えてきて、足が痛くて痛くて、もうクタクタなんです。これから小野川温泉まで行って湯に浸かるんです」僕は答えた。
「え、一体どこから来たんですか?どこまで?」
警察はそれから職業、住所、年齢等々様々なことをネバネバと聞いてきた。そうしている間に刻々と時間は過ぎ、空は薄暗くなってきた。小野川温泉へ行くにはまだ一つ3キロ程の峠を越えなければならず、まだ5キロ以上離れていた。暗くなる前に着きたい僕は、長々と質問される内に段々と焦ってきた。
「で、なんで旅をしているんですかね?」
「好きなんですよ旅が!もう行っていいですか?もう暗くなっちゃうじゃないですか」
「はい、ごめんなさいね、まだ遠いんで小野川温泉まで乗せていきましょうか?」
僕は断り、ペースを上げて歩き始めた。足裏に出来た豆が潰れ、膝が悲鳴を上げていた。暫く歩くと、前方からパトカーがやって来た。パトカーは僕の横で停まり、ドアを開けて先ほどの警察が降りてきた。
「本当に家出ではないんですよね?」
「違います、本当に家出ではありません」
僕は再び歩き始めた。通りから外れて小道に入ると、後ろからパトカーがやってきて窓を降ろして、同じ警察が顔を出した。
「大丈夫ですか?迷ってませんよね?」
「平気です、ありがとうございます」
「近道を教えるんで、良かったら車のすぐ後に付いてきてください」
そう言ってパトカーはゆっくりと走り、町を抜ける坂道を下っていった。僕は追いかけた。しかし、荷物が重く足が痛くてパトカーの速度に付いていくことは困難であった。僕は諦めて、自分のペースで歩き始めた。パトカーは道の分岐点に止まって、傍に警察が立っていた。
「ここを左です、それでまっすぐ行くとT字路にぶつかります。それを右にずっとまっすぐ行って峠を越えれば小野川温泉ですよ」
「どうもありがとうございます!」
「本当に家出じゃないんですよね?」
「こんな大荷物背負い、北へ向かって家出する奴がいますか?家出という年齢でもありませんし、人を信じてください。お願いです」
町を抜けた道は、だだっ広い雪原の中を走っていた。真っ直ぐ遠くにT字路が見える。右手に山が聳え、道はその山の中に続いていた。空はもう薄暗く、オレンジ色の夕日が雪原を照らしていた。歩いていると、向かいからパトカーが走ってきた。パトカーは僕の横で停まった。もう確認するまでも無く分かっていた。やはり同じ警察だった。
「ごめんなさいね、これでもう本当に最後です!!あのT字路を右です!」
警察の目に一体僕の姿がどう映ったのだろうか…こんなに心配してくれる警察に始めて会った。
薄暗い峠には民家は無く、車一台通らぬ不気味なものであった。
峠を越えるともう日はすっかり暮れて、辺りは真っ暗となっていた。広がる雪原のはるか先にオレンジ色の光が見える。あれが小野川温泉だろう。10時間以上歩き続け、疲労困憊でもうぶっ倒れそうであった。それでも温泉に入れるかと思うと、嬉しかった。
オレンジ色の光の群の中に、点滅する赤色の光が見えた。まさか、パトカー…?流石にもううんざりしていた。
歩いていくと、その光はパトカーではなく、鉄塔から灯っている光であった。先ほど疑いの念を抱いてしまった自分自身を叱り、あの警察に無事小野川温泉に着いたことを心の中で告げた。
2016年1月19日
この日の夜、僕はとてもスピリチャルな体験をした。
後半に続く。これから僕は森の中で修業してくるので、更新は23日以降となります。