雪かき東北縦断の旅

雪かき東北縦断の旅

旅の記録 「雪かき東北縦断」のブログです。期間は2017年1月~3月の2ヶ月間。福島県⇒山形県⇒秋田県⇒青森県と東北地方を雪かきを手伝いながらの縦断に挑戦します!

東北縦断の旅12日目 ~農家風呂って何だろう?~

~夢の森~ 

武樋さんと別れてヒッチハイク等をし、西会津から4日ぶりに喜多の郷へと戻ってきた頃にはもう時は既に夕方の4時半を回っていた。野山の上に広がる空はオレンジ色に染まりかけている。行動をするのをもう止め、ここで前と同じように温泉に入ってテントを張っても良い。だが暗くなるまでまだ少しだけ時間が残されている。僕はもうちょっと北へ歩くことにした。数キロ北に“夢の森”という温泉施設があるのだ。そこは奥会津で知り合った女性に「“夢の森”って温泉があるんだけど、いい所よ!是非入ってきなさい!」とお勧めされた所である。名前を聞いた瞬間、森の中にある温泉なのかなぁ、などとメルヘンチックな想像が膨らみ、歩いている際にささやかな楽しみとなって僕の力になってくれたのだ。

 垂れ幕が下がる様に暗くなってゆく中、雪で凍り付いた田舎道を暫く歩いてゆくと“夢の森”はあった。太陽は完全に暮れ落ち、真っ暗であった。目を凝らして確認するが、周りにちょこちょこと木は生えているものの森ではない。民家が沢山立っているのだ。森の中にある温泉という想像はあっけなく崩れ落ちた。成程…それで名前がまさに“夢の森”だということなのか(勝手な想像)。少々がっかりした。

 浴場はかなり広く、人はまばらに居るだけでガラガラだ。体を軽く流し、早速露天風呂へ行こうとドアを開けた。途端に冷たい冷気が濡れた体を覆い、ささささみぃと無意識に悲鳴をあげ、逃げるように湯に浸かった。冷えた体を一瞬にして温かい湯が包み込んだ。最高だった。ふぅと息をついて周りをよく見てみると、暗がりの中、周りに木が沢山生えていた。それはまるで森の様で、先ほどの気落ちで傷ついた心はみるみるうちに回復していった。

天上の幸福感に浸りながら湯に浸かっていると傍にいたおじさんが、随分気持ち良さそうだな兄ちゃん、それに見ない顔だ。一体何処から来たんだ?と話しかけてきた。近くに住んでいるおじさんで、毎日の様に浸かりに来ているそうだ。これから北へ向かって歩いていくことを伝えると、おじさんが言った。

「この先の熱塩温泉って所にはな、農家風呂ってのがあるんだ、そこはい~温泉だぞ!是非入ってみたらいい」

農家風呂?なんだろう農家風呂って…農家の為の風呂なのかな…。おじさんの一言により、次の行先が決まった。この先の熱塩温泉・農家風呂である!

 

~

  この旅が始まる前に、地図で歩くであろう道をぼんやりと辿っている時だった。山形県との県境に聳える山の麓に“熱塩温泉”という文字があり、僕の目を止めた。珍しい名前もそうなのだが、何故だか分からぬが不思議とにわかに興味を抱いた。ここへ立ち寄ってみよう、そう思っていた。加えて“夢の森”でおじさんに言われた農家風呂、いよいよ熱塩温泉が楽しみになってきた!

翌朝、広がる透き通った青空に太陽が清々しく輝いていた。大峠を越えて山形県へ抜けるのに、今日程絶好な日は無いように思われた。しかし大峠越えは明日に延ばし、なにかと引き寄せられる熱塩温泉に僕は足先を向け、歩いていった。

 熱塩温泉は夢の森から近く、直ぐに着いてしまった。温泉街は小さな山のなだらかな斜面に立っていた。寒波の時に降った雪が集落全体を厚く覆っていた。中が薄暗く、やっているのかいないのか判断がつかぬ様な古びた商店が民家の間に立ち並び、人影の無いうら寂しい温泉街であった。ここのどこかに農家風呂があるんだな…人の気配の無い静まり返った細い道を歩いてゆく。

 ゆるいカーブを曲がり終えた時だった。少し先にお婆さんが1人、シャベルを持って弱々しく大きな家の庭先に積もった雪を弄っていた。力がもう出ないのだろう、シャベルでかく雪の量は微々たるもので動きが恐ろしく緩い。雪の量は凄まじく、そのペースでかいていれば、4度ほど日が暮れてしまいそうだ。これは困っているにちがいねぇ…直ぐにお婆さんの傍に行って、雪かきしますよとシャベルを受け取った。婆さんは突然現れた男に、ぶったまげて立ちすくしていた。

「あなたは、自衛隊の方?」お婆さんが聞いていきた。

「いや、ただ旅しているものです」

「一時間、いくらなのかしら…?」恐る恐る聞いてきた。

「いやいや、いらないです金は!好きでやっているんで、いい運動ですよ」

「まぁ、そんな人が今の世の中に居るんかい!!行政に今すぐ連絡してやらなきゃ!」婆さんは驚いた顔で言った。

「そんな事より、農家風呂ってのがあるって聞いてきたんですけど、何処にありますか?」一旦手を止め、額に滲んだ汗をぬぐいながら聞いた。

「農家…風呂…?さぁ、なんだいそりゃ?」お婆さんは首を傾げていった。

瞬間、脳裏に垂れこめてきた薄暗い不安の雲の中に、昨日のおじさんの顔が浮かび上がってきた。

「農家風呂ですよ?ここの温泉街にあるって聞いたんです!」

「さぁ、聞いたことがないねぇ農家風呂なんて…ごめんなさいねぇ」

「そうですか…僕の勘違いだったみたいですね」

地元の人が知らないのでは話にならない。がっかりだった。おじさんのすっとぼけた顔がゆらゆらと揺れていた。

その時お婆さんが閃いた。

「もしかしたら…その農家風呂っていうのは、この先の共同浴場の事じゃないかしらねぇ?」

 僕は馬車馬の如く雪をかきまくった。気がつけば2時間程たち、昼がもう既に過ぎていた。

「本当に助かったわあなた!春が来たみたいに綺麗になって!昼ごはんでも食べていきなさい!」僕は婆さんに家に招かれた。

家の中にはもう一人お婆さんが居た。それは姉で、姉妹で2人暮らしだった。出前のラーメンを頂いた。面を啜り、茶を飲みながら2人には実に沢山の話を聞かせてもらった。

 

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 夕方、僕はお婆さんに連れられて共同浴場へ向かった。聞いた話によると、その共同浴場の管理は今9世帯で管理しているそうだ。朝夜の鍵の開閉と浴槽掃除を一週間交代で回している。話しながら婆さんは苦しそうな顔をして言うのだ。「もう若い人が1人もいなくてねぇ、皆爺婆でな、雪が降った日なんてまぁえらいもんよ。腰の高さ位まで降るんだから。えらい時間をかけてバーさんじーさん達が雪をかきわけて温泉まで行くの。一番の高齢者は93歳よ、しかも坂の一番下に住んでいるもんだから…」

 小屋の様な建物にある小さな浴場だった。高齢化して廃れ果てた集落の人々の苦労が滲んだ湯。浸かっていると、猛然と降る雪の中、ザッ…ザッ…ザッ…と足音を立てながら鍵を開けに来るお婆さんたちの姿が浮かび上がってきた。気安く入れぬ、心に浸透するなんとも熱い温泉であった。

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「今どこに居るの?」夜、母親から電話がかかってきた。

熱塩温泉っていう所」

熱塩温泉?そこ私達が新婚旅行で行ったところだよ!」

まだ僕が親父の体内にいる時に、親が愛を育んだ所だった。地図を眺めている時に、妙に惹きつけられたのもこれに関係があるのかもしれない。

 

2016年1月18日