雪かき東北縦断の旅

雪かき東北縦断の旅

旅の記録 「雪かき東北縦断」のブログです。期間は2017年1月~3月の2ヶ月間。福島県⇒山形県⇒秋田県⇒青森県と東北地方を雪かきを手伝いながらの縦断に挑戦します!

東北縦断の旅11日目 ~山形へ抜けるのはまたまた先延ばし!西会津で暮らす武樋さんに会いに~

 2週間ほど前のこと、僕が所属する三峰山岳会の友達に「ハッチ―これ読んでみなよ!」とお勧めされて、今、少しずつ読んでいる本がある。

本の名は・・・・”猟師の肉は腐らない”

 茨木、福島県の県境に聳える標高1000m程の八溝山。その山の中で、狩りをし、虫を山菜を食べ、自然と共に1人で暮らしている男がいる。著者がその山男(義っしゃん)を訪ね、共に過ごした数日間の貴重な体験を書いた本である。

昨日、読みかけていたページを開き、続きを読んでいた際にある箇所に目がぶっ刺さった。

数日前に書いた記事、薪風呂に関係があったからだ。

 

『風呂というものは本来、体を温めたり洗って清潔にするだけのものではない。現代の多くの人は知らないだろうが、昔の村里の生活に於いては、毎日のように風呂を焚くことなど滅多になく、客が来た時に立てたり、隣近所や縁故者が互いに呼びつ呼ばれつして利用することがほとんどであった。これを「呼び風呂」あるいは「もらい風呂」と言ったが、互いの絆や親睦、さらには農作業や身近な情報交換の場になっていたのである。今はそんな風習も無くなり、多くの人は密封された空間の中で、湯船にゆったりと浸かっているのであるが、この八溝の山中で義っしゃんから「もらい風呂」を馳走してもらった俺は、そこに風呂の持つ本来の姿や形がなんとなく宿っているような気がした。』(猟師の肉は腐らないから引用)

 

これを読んで成程な・・・・と僕は思った。

今まで知らなかったが、風呂には昔から深い意味があったのである。

化石燃料にしろ木にしろ、長い年月をかけて少しずつ地球が作り上げた偉大な資源を燃やし、わざわざ水を沸かして入る風呂。

たかが桶一杯のお湯でも、深く見れば数多くの生き物の犠牲の上で出来ているのだ。

そんな風呂は本来、温めるとか綺麗にする等そんな軽い理由だけで使うものではないのである。

 

~山を下りる。歩く意味~

 雪が薄く積もった山道は、コチコチに凍っていた。気を抜けば簡単に滑ってしまう。

僕は慎重に坂道を下って行った。

緩やかなカーブを曲がると、20m程離れた道路の先に一台のブル(除雪車)が轟音を響かせながら道に積もった雪をかいていた。ミラー越しに僕の姿が見えたのだろう、ブルのエンジンがピタリと止まり、ドアが開いた。おじさんが顔を出してこちらに振り向いた。おじさんは出した顔を動かさず、ゆっくり歩く僕をじっと見ている。先ほど、ひでじいの家で別れたばかりの、宮古の区長さんだ。

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おじさんは微動だにせず微笑みもせず、真顔でじっと見つめてくる。僕もおじさんの顔を見つめながら歩を進めていった。ブルの真横へたどり着いたとき、おじさんが笑いながら口を開いた。

「おう、お前、本当に歩くのか!がんばるんだぞ!!!」

おじさんの脇から運転していた若い男が身を乗り出し、そして叫んだ。

「おい、死ぬんじゃねぇぞ!!またこいな!」

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 彼らは昨日と今日、ひでじいの家までブルで除雪しに来た、宮古に住む男達だ。ひでじいに「休んでけ」と家に招かれ、一緒に語りながら茶を飲んだのだ。

 ブルの横を通り過ぎると、ブルはバカでかいクラクションを3度鳴らし、歩き去る僕を見送ってくれた。なんと清々しく、気持ちの良いことだろう。おじさんたちの激励と雲間から差し込む温かい陽光とが相まって、心が温まった。

 1時間ほど歩いて山道を降りると、道はT字路にぶつかった。右に曲がり、曲がりくねる山道を歩いてゆく。晴れていた空はすっかり雲が覆い、ちらちらと雪が舞ってきた。一台の車が後ろから走ってきて僕の横で止まった。

「この雪の中、どこに歩いて行くんだ?」男が窓を開けて言った。

「山都まで歩くんです」

「山都~?まだまだ遠いぞ?乗れ!山都まで乗せてってやるから」

「ありがとうございます!でも、僕は歩きますんで・・・・」

「そうか、気を付けてな!」

そう言って雪煙を舞い上がらせながら、車は去っていった。

雪は段々とその強さを増していった。道は狭く、両脇に雪を被った木々が迫っている。

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小さな集落を幾つか抜け、尚も道は続いている。歩くにつれて喉が渇いてきた。

水筒の水はもうとっくに無い。

周りに民家はなく、山間を雪を被った道が淡々と続いている。

喉がからからだ。唾液は干からび、口が粘ついてきた。

雪を口に入れて溶かして飲めば、多少なり渇きを潤すことが出来るだろう。

しかし、そうはしない。あと30分も歩けば、恐らく山都の町へたどり着き、新鮮な水をたらふく飲めるであろう。それはきっと最高に美味しい水に違いない。

 しかし、我慢するにつれて喉の渇きは一層激しくなっていった。頭の中が水で一杯になった。今すぐに水を飲みたい。水筒に少しでも水を残しておけば、そこに雪を継ぎ足して溶かし、水を作ることが出来たはずだ。何故水筒の水を全て飲んでしまったのか・・・後悔した。それは、少し歩けば直ぐに町に辿り着くだろうという安易な気持ちが招いた結果だった。

 雪が美味しそうだ・・・、ザックを降ろして荷を解き、ストーブで火を焚いて飯盒で水を作ろうか・・・、いや雪の降るこの寒い中、何十分と要するそんな事をわざわざしたくない。だが水が今すぐに飲みたい・・・。水水水・・・水の事ばかりを考えてとぼとぼと歩いていると、耳に微かに水の流れる音が聞こえてきた。最初は微々たる音であったのだが、歩くにつれて音は大きくジャバジャバと鮮明に聞こえるようになっていった。次第に大きくなる音につられて、干からびていた気持ちが潤ってきた。

水がある!近くに水が流れている!それも勢いよくだ!歩く足に力が入った。

水はあった。道の脇、雪を被った斜面に雪を溶かして穴をあけ、小さな滝となって水が勢いよく流れ落ちていた。

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 僕はザックを勢いよく降ろして滝に近づき、流れ落ちる水柱に口を突っ込んだ。冷たい水が口に入り、渇いた口内を一瞬で潤して喉を通り、やがて腹に落ちていった。息が苦しくなってきた。いったん水柱から口を離し、一息ついた。はぁはぁと少し呼吸が乱れている。体中の干からびた細胞が歓喜の声をあげた。美味い、なんという美味さであろうか!まだまだ喉が渇いている、もっと飲みたい!!

 再び口を水柱の中に戻した。呼吸は止まり、水がどくどくと体の中に流れこんでくる。そして新鮮な生の水は、僕の想像に火を点けた。

 今飲んだ水・・・地を流れていくはずだった水の旅を、今飲んでいることで僕が終わらせてしまったんだ。水は旅をしていた。広大な地球を巡る、果てしの無い旅を。僕が今ここに現れなければ、水は地球を巡る旅を続けられていたことだろう。水は地に落ちて川にゆき、あるいは地に深く深く浸透して地下水脈を通り、色んな地を、僕ら人間では決して経験出来ない壮大な旅をして、やがては海に帰っていったことだろう。そんな水の旅を僕が終わらせてしまったんだ。

 そんな想像をしている間に息が苦しくなってきた。再び口を離して呼吸を整える。だいぶ渇きは治まったが、まだ完全とは言えない。あと少しだけ飲みたい。そんな小さな欲に駆られて、口を水の中に戻した。再び水が勢いよく体内に流れ込んでいった。

 流れ落ちる滝の中に、突如現れた僕の渇いた口。水は本来行くべきだった流れの向きを変えて、小さな僕の体に流れていった。水の壮大な旅は突如規模を縮めた。広大な地を巡る旅から、僕の体内を巡る、小さな旅へと。水は体の隅々まで行き渡り、やがて汗となり尿となり、僕の体を出て、再び海へと続く壮大な旅に出るであろう。僕は水の旅を終わらせたわけでなかった。水は少しの間、地を離れて僕の体に入り、寄り道をしただけなのである。

水が汗となって蒸発し、再び楽しいであろう地を巡る旅へと出られるように・・・今飲んでいる水の為にも歩かなくては!

そう思ううちになんだか凄まじいエネルギーが体の奥底からふつふつと沸いてきた。何だこれ!?

 僕は口を離して、手で濡れた口元をぐっと拭った。もう十分だった。腹は満腹、そして心も不思議な幸福感に満たされていた。あの時、おじさんに言われるがままに車に乗っていたら、水を発見した時の、そして飲んで生まれたこの喜びは決して味わえなかっただろう。車に乗っていたら、恐ろしい速さで道をすっ飛ばし、脇道に静かに流れるこの地味な沢も発見できなかったはずだ。喉も乾かなかっただろう。自らの足で歩き、そして喉を体を干からびさせることによって感覚を研ぎ澄ませた。そして苦しんだ末、現れた新鮮な沢!見つけた時の感動と喜び、渇いた体を潤したときの満足感、これを味わえることにこそ、じっくり歩く意味があるのである!

 僕はザックから水筒を取り出して、生き生きとした水を並々と注ぎ入れた。この水は昔からこの地の多くの人々に、喜びを与えたのであろう。

 

 

~山形行きは先送り~

 14時過ぎ、山都の町へたどり着いた。

ひでじいを紹介してくれた秋庭さんにお礼を言おうと、”茶房 千”の扉を潜った。

店内は、薄暗い。木の壁や柱、机などがランプのオレンジ色の光に照らされている。

「あら、おかえり!!ひでじいの所から帰ってきたの!で、どうだった??」秋庭さんが豆乳の甘酒を片手に持ってきた。

「寒波は過ぎたみたいで、僕はこれからヒッチハイク喜多方市内、喜多の郷へと戻って、明日大峠を越えて山形に入ろうかと思います!本当に、ありがとうございました!」僕は言った。

「そうなんだ!丁度いい、だったら喜多方市内まで送ってってあげるよ!今丁度、ビールを買いに喜多方へ行くところだったから」秋庭さんは言った。僕は再び世話になることになった。

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 喜多方市内へ行く車中の中で、秋庭さんは山都の事を語ってくれた。

山都に移り住んでまだ間もないころの事だった。秋庭さんは夕方家に帰った。すると可笑しなことに、閉めたはずの玄関の鍵が開いている。まさか・・・・泥棒??恐くなって恐る恐る家の中に入っていった。居間の電気が点いており、テレビの音が聞こえてくる。え???何?誰かいるの??そう思って、覗くと、なんとそこには大家のおじさんが居るではないか。秋庭さんに気が付いたおじさんは言った。「おう!なんだ帰ったか!鍵閉まっちゃってたよ!!」と。

 「ここ山都に移住してくる人は結構多いのよ!何故だか分かる??人よ、人!人がとにかく面白いの!!ひでじいみたいに、癖がある人が沢山いるの!それがおもしれぇって言って若い人が結構移住してくるのよ。でも、今の大家のおじさんの話みたいに、ずかずかと人の領域に自然と当然のように入ってくるから、それが許容できる人じゃないとここには住むのは難しいかもしれないね。で、ひでじいは元気だった?」

僕はひでじいの家で苦労して作ったそばの話を聞かせた。秋庭さんは大爆笑した。

「ははは、そうなんだ!よかったわ、期待以上のことをしてくれたわね!まだ面白い人が沢山いるのよ、例えば・・・西会津の方に武樋さんていう人が住んでてね、その人の生き方が凄くて、弟子が何人かいるのよ!八須君も弟子になったら面白い、あぁ時間に余裕があったら、ぜひ武樋さんに会って欲しかったなぁ・・・」

僕の気持ちは武樋さんという人に一気に向いてしまった。会ってみたい!時間に余裕?そんなものいくらでも作れる!明日、山形へ抜けるのは止めだ!!

それを聞いて秋庭さんはひでじいに電話した時の様に、早速武樋さんに電話を掛けてくれた。OKだった。

 喜多方のスーパーで、ビールやら食材やらを買い、再び”茶房 千”に戻ってきた。

「武樋さん、どうせろくな物食べてないだろうからさ、今からおでんを作ってあげるの。大食いでね、以前、6合を一回で食べちゃったことがあるの。信じられる?6合よ、6合。じゃあ、私おでん作るから、店の前の雪をかいててほしいな!」そう言って秋庭さんはキッチンでおでんを作り、僕は雪をかいた。6合を食べちゃう人か・・・・僕の頭の中で武樋さんの想像が段々と凄まじくなっていく。

 外はもう薄暗く、空気がキンと冷え切っていた。雪はすっかり止んでいた。街灯がうら寂しそうに照っている。両側真っすぐに伸びる道路沿いに建つ家々には、電気が点いていないものが多い。空家が多いのだろう。町は暗く静まり返っていた。人が時々寒そうに身を縮めながら通り過ぎていった。雪をかいていた僕は暑かった。

 その時だった。ガガガガッと音がしたかと思うと突然、頭にぶん殴られたような物凄い衝撃が走り、首の骨がググッと前に持っていかれそうになった。”茶房 千”の屋根からの落雪だった。幸い、屋根が低かったので、助かった。

 七時頃、店のドアが開き、丸い眼鏡をかけ、体が大木の様にがっしりと太く、身長の大きな大柄な男性が入ってきた。武樋さんだった。

 大鍋に入ったおでんとご飯の入った炊飯器を渡され、僕は武樋さんの車に乗っかった。住んでいるところは山都から西へ10数キロ離れた西会津。道は山に差し掛かり、いくつもの曲がり角を曲がって真っ暗な峠を越えていった。

「ご飯を6合食べたって聞いたんですけど、本当ですか?」僕は尋ねた。

「あぁ、前ね。何も気にせずモリモリ食べてたんだ、そしたらさ『ねぇ、武樋さん、米6合焚いたんだけど・・・無くなっちゃったよ』って言われてね、知らないうちに食べちゃってたんだ」武樋さんは言った。

 40分ほど走った後、大きな倉庫の前に辿り着いた。三神峰商会と書かれた木の札が入口に掛かっている。もう使われなくなった町一番だった酒蔵を再利用し、車などの修理工場として使っていた。

「おしっ〇は、ここの缶の中にね。これは僕が作った濾過装置なんだ」と雪の中においてある、砂や石?何かが詰められた缶を指さして言った。早速そこへおしっ〇を入れると、じょぼじょぼと音を立てて缶の中に消えていった。濾過されたようだ。

 武樋さんは大学の助教授をしていたころ、福島県郡山市のアパートで暮らしていた。そのアパートに住み始めて間もなく、不備に気が付いた。キッチンのガスコンロが使えないのである。ガスが故障していたのである。しかし故障していてガスが使えないのにも関わらず、ガス会社からガスの基本料金を請求された。それに納得が出来ず「故障して使えないのに請求されるとは、どういうことだ!!」と支払いを断った。それからだった。武樋さんはガスが使えないのなら、ガスや電気を使わない生活をしてみようと思った。しちりんで火を焚き、ろうそくを照明につかって生活を始めた。そして自分の生き方や社会の仕組み等に疑問を持ち、田舎に引っ越して来たそうだ。

詳細は新聞記事で!

 

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 こんな人間は今まであったことが無い・・・・武樋さんは初めて出会った、変わった凄まじいエネルギーの持ち主であった。

 僕らはおでんを囲んで食べながら、2時近くまで語った。

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「そこの部屋使っていいから!」と案内された小屋の中で、僕は寝袋にくるまって眠った。朝、シャッターを誰かが叩く音で目覚めた。シャッターを開けるとおじさんがたっっていた

「軽トラが壊れちまってよ、見てくれないか」

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 この奥川という集落には車や農機具の修理場が無く、武樋さんは地域住民の多大な力になっていた。今研究してることは、太陽エネルギーで風呂を沸かすことだそうだ。数年後、僕が田舎に住むようになった時、色んな事を教えてもらおうと思う。

 

2017年1月16日