雪かき東北縦断の旅

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雪かき東北縦断の旅

旅の記録 「雪かき東北縦断」のブログです。期間は2017年1月~3月の2ヶ月間。福島県⇒山形県⇒秋田県⇒青森県と東北地方を雪かきを手伝いながらの縦断に挑戦します!

東北縦断6日目後半 ~会津若松へ~

 西山温泉を背に、峠道を柳津の町へ向かって歩き始めた。
車の殆ど通らない峠道はシンと静まり返り、雪だけが弱まることなく降り続けていた。
雪を被った山が回りを囲み、民家のない道が何処までも続いている。
寒い。小さくて冷たい無数の雪が、頬っぺたに触れては溶けていった。
“下の湯”の熱い湯で暖められ火照っていた体がみるみる冷えていった。
しかし、暫く歩いていればまた暑くなってくるはずだ。
それにいつか車が走ってくることだろう。
その時、ヒッチハイクをすれば良い。
それまでのんびりと歩いていよう。
これから柳津へ戻り、12キロ程離れた坂下町まで歩こう、北上だ!


~悲しき2人の男~

暫く歩くと、先ほど通り抜けたスノーシェッドの中から大型車の唸る走行音が響いてきた。
音はどんどん大きくなってゆく。
バスかトラック、どちらかだろう・・・
そう思って振り向くと、間も無くスノーシェッドの出口からバスが飛び出してきた。僕は手を振り回した。
バスは僕の横で停まり、間もなくドアが開いた。
乗客は他に誰もいなく、運転手が嬉しそうにこちらに顔を向けていた。
「乗りな乗りな!」
 ザックを積み込んで椅子に腰かけると、雪の降る中をバスは走り出した。
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「兄ちゃんその大荷物、山だろう?一体何処の山に登るんだ?」運転手は嬉しそうに話しかけてきた。「俺も山が大好きなんだ!」
日に何度も往復するも乗る乗客は殆ど居なく、相当退屈なのだろうか。そんな所へ、大荷物を背負った得体の知れない奇妙な男が乗って来たという訳だ。
「俺はな、ここいらの山で生まれ育ったんだ。山が好きで好きでな、夏になれば米と味噌を持って俺は何日も山の中に籠るんだ!夏場、山で生きてりゃ家なんてもんはいらんよな?あぁ早くこの仕事を引退してぇな・・・さっさと引退して、生まれ育った山へ帰って山菜と岩魚を採って俺は生きていくんだ!」
鏡には嬉しそうな笑顔が写っていた。
が、その笑顔が突如曇った。
「でもな、それには問題があんだ。嫁さんが山は嫌だってついてこねぇんだよ・・・」鏡に映る顔からは笑顔が消えている。「な、悲しいだろう?」
 会話が一息つくと何だか眠くなってきた。首からぶら下げていたカメラを手に、今まで撮った写真をモニターで確認する。
すると、モニターには虹色のモザイクがザ…ザザザと躍り狂っていた。
初期不良を起こしていたカメラは、完全にイカれちまったようだ。
一刻も早く会津若松のコジマ電気へ行かなければ。9日より代替品が用意されてあるコジマ電気へ。
 ため息を漏らしてカメラの電源を落とし、窓の流れる雪景色を眺めた。降る無数の雪が後方にすっ飛んでいる。一眠りしようと目を閉じた。
運転手のおじさんは悲しいだろう。奥さんが山が嫌いで・・・
僕も悲しい。カメラが完全にいかれちまったから・・・
悲しみに暮れる2人の男を乗せたバスは峠道を下っていった。

~坂下、会津若松へ~

 しばらく走ってバスは柳津へ到着し、運賃100円を渡してバスを降りた。
早くカメラを治してパシャパシャ写真を撮りたい!ここから会津若松のコジマ電気までヒッチハイクをしてしまおうか・・・
しかしまだ時間に大分余裕があった。
迷った挙句、とりあえず12キロ程離れた坂下まで歩くことにした。
時間は14時を過ぎている。
252号線を歩き、町を離れるにつれて建物の数は徐々に減っていった。代わりに一面真っ白な田畑が現れ、暫く続いた。
雪はみぞれに近い。レインウィアに触れる雪は直ぐに溶けていった。
積もっている雪はべちゃべちゃで、猛スピードで走る車がそれをビシャビシャとはね飛ばしてくる。
履いている登山靴は一応ゴアテックスなのだが・・・長い事べチャ雪に晒されて、もう既に中が浸みてきていた。
道路は49号線にぶつかり、道幅が大きくなって交通量がグッと多くなった。
16時を過ぎ、トンネルを抜けると緩やかな坂道が真っ直ぐに伸びていた。坂下の町はもう目先にあった。
トンネルを出た直ぐの駐車場に一台の赤い車が停まっていた。
この車は・・・会津若松まで行くだろうか。微かな期待を込めて、僕は窓を叩いた。
運転手は40~50歳ほどの女性であった。
窓を叩く僕に気がつき、勢いよくドアが開いた。
「え、え!!君、前に何処かで会ったわよね???」女性は驚いていた。「会ったのは何処だったっけ・・・あれ、思い出せない・・・」
「どこかで会いましたか?僕は会った覚えはないんですけど・・・ついさっきまで西山温泉に居ました」女性の顔は全く記憶に無い。
「そうだ!そうだそうだ!西山温泉だ!西山温泉の道路を歩いているのを見かけたのよ!あれ、あの人は一体何処の山に登るのかな~って気になってたの!私も登山が好きでね、給料もボーナスも殆どを山に注ぎ込んでしまってるの!で、今から何処の山に登るのかしら?」女性は言った。
「いや、山じゃなくて、青森の龍飛崎を目指して歩いてるんです。龍飛崎からは北海道が見えるらしいですよ?それを見るんです!!!」
「はあぁ?青森???まぁ乗りな乗りな!!寒いからさっ!」
女性はある大手企業の営業職員であった。
「ほんとは車で吸ったらダメなんだけど・・・私我慢できないの!ごめんね、吸うわ!」そう言って女性はタバコをスパスパと吸い始めた。
山が好き同士、会話は弾け飛んだ。
そして丁度今から会津若松の営業所へ帰るところだったというわけで、コジマ電気まで乗せて貰えることとなった。

会津若松へ入ると雪の量は減り、今までの田舎風景は一変した。
所狭しとひしめく大型チェーン店と引っ切り無しに行きかう車・・・古民家が立ち並ぶ南会津の風景とは大違いだった。
今まで数日間、自然に囲まれた町に身を置きすっかり居心地良くなっていた為、そんな風景に何だか居心地悪く感じた。
僕は思った。早くここを去ろう、と。

コジマ電気で壊れたカメラを新しいものと交換すると、外はもうすっかり暗くなっていた。
これから今日の野宿場を探さなければならない。
僕はとりあえず駅に向かって歩いていった。
何処の町でもそうなのだが、駅周辺が発展し、駅から離れるにつれて段々と落ち着いてくるものなのだが、会津若松はそれとは違っていた。
大通りを越え、駅に近づくにつれて大型チェーン店等の大きな建物は数を減らし、民家が増えていった。
そんな様子に疑問を抱き、すれ違ったおじさんに聞いた。なんでこんな町の作りなのだと。
雪がぱらつき寒いにも関わらず、おじさんは足を止めて教えてくれた。
ここは城下町であり、汽車の線路を開通させる際に、城の近く・町中を貫くことを避けて、田畑の中を走らせたのだという。
だから昔は駅周辺は田が広がっていたのだとか。
 雪がチラチラと軽くちらつき、道路にうっすらと積もっている。
民家の窓から漏れる光が暖かい。
駅へと続く道沿いにガソリンスタンドがあり、ガソリンの補給をしようと立ち寄った。
高校生らしきあどけない顔の2人の店員と、年を大分食った背の小さな渋いおじさんが歩み寄ってきた。
若者の顔はニヤニヤしている。得体の知れぬ僕に興味津々らしい。
「これにガソリンを入れてください」
ザックから出てきた、1リットルの燃料ボトルに戸惑い、おじさんは手に持ってジロジロと見つめる。
「ほれ、やってみな、0.7リットル位だろう」おじさんは少年にボトルを手渡した。
若者は慣れない手つきでガソリンを入れてゆく。
あっという間にドバドバとボトルの口からガソリンが溢れ出してきてしまった。
「あ、あ、あっ」溢れたガソリンを見て、若者は慌てふためいた。
「あああぁ!!だから0.7位だって!もう1リットル入っているがな!!」おじさんは慌ててボロ雑巾を靴で踏み、こぼれたガソリンを拭く。若者はにやけた顔で僕に話しかけてきた。
「これ何に使うんです?これからどこへ行くんですか?」
好奇心旺盛な若者から暫く質問の嵐が続いた。
若者が言うには駅前に地下道があり、そこならばテントを張れるらしい。
再び僕は駅に向かって歩いていった。

会津若松の駅は大きく、コンビニや飲食店が連結していた。
学生やサラリーマンが寒そうに身を強張らせながら行来している。
改札のすぐ横の窓口には、女性駅員がいた。眼鏡をかけて見るからに堅そうな顔をしている。こりゃだめかもしれない・・・そんな予感がしたが僕は聞いてみた。
「あの・・・駅長いますか?」
「駅長・・・は、えっと今日は居ません。なんの御用ですか?」
駅員の表情はピクリとも動かない。嫌な予感がした。僕はその堅い壁を崩そうと、出来る限りの笑顔で尋ねた。
「お願いがあるんです!」
「はい?」怪訝そうに聞いてくる。
少し間を置いて僕はお願いした。「今夜、駅の地下室でテント張って寝ていいですか?」
だが予感した通り、結果は無残なものであった。
そういうことはお断りしてましてと軽くあしらわれてしまった。
「駅の建物の裏側でもダメですか・・・?」
「はい、そういうことはお断りしてまして」再びあしらわれる。
断る表情がまた冷たく、そのあしらわれ方で僕は思った。
あぁこの人にはもう何を言っても無駄だと。
だめだこりゃ・・・僕は降りしきる雪の中を去って行った。
まるでフラれた様だった。
それはそうである。この真冬にテントを張っていいよと許可し、もし僕が凍死でもしてしまったならば、面倒なことになるのは目に見えている。駅員の判断が至極真っ当で、僕の方がおかしいのだ。
降りしきる雪がより一層冷たく感じられた。

外は真っ暗で、駅から洩れる光に降る雪が照らされている。
駅を出て駅前通りをフラリフラリさ迷っていると、小さな商店街の中、一際目立つ宮殿の様な大きな建物が目についた。
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そこは駐車場も広かった。大型車が何台も停められる広さで、車は殆ど無い。
ここならば広いし、きっと張らせて貰えるだろう!小さな希望の火が灯った。
ガラス戸を通して中を覗くと、広い店内は整然としていた。襖で仕切られた個室がいくつか並び、カウンター前のガラス内に寿司が幾つか並べられている。どうやら寿司屋らしく、高級感が溢れ出ていた。
和服を着た若い女性店員が1人、腕をまくって雑巾で掃除をしていた。
店の扉を少し開いて、すみませんと一声かけた。
お姉さんはばっと振り向いて、ちょこちょこした足取りでこちらに近寄ってきた。
綺麗なお姉さんだった。雪で全身が濡れ、デカいザックを背負って小汚い僕とはまるで対照的だった。
顔には笑みが滲み出ている。これまた先ほどの堅苦しい駅員とは対照的だった。
「青森へ向かって今歩いてるんですけど、今晩駐車場の隅にテント張ってもいいですかね?」
それを聞いてお姉さんは吹いた。
「ちょっと待っててくださいね、社長に聞いてきます!」
 暫くすると寿司職人の社長が出てきた。社長の隣に先ほどのお姉さんが立ち、にこにこしている。
「なんなんだお前は!!?テントを張るだって?駐車場の好きな所に張ったらいいぞ!!」
それを聞いて僕は飛び上がった。
「ありがとうございます!床掃除でもトイレ掃除でもなんでもしますんで!!」
 テントを張ってストーブに火を点けた。今日の夕飯はスープだ。飯盒で水を沸かし、白菜とキノコを切っていれる。
すると外から社長の声がかかった。
「ちょっと店の中に入らねぇか?」
 火を消し言われた通り店に入って、テーブルに腰掛けた。客は他に誰も居ない。
「夕飯は食ったんか?」社長が聞いてきた。
「いえ、今作ってたとこなんです。白菜とキノコでスープでも飲もうかと」
「そうか・・・まぁちょっとまってな」そう言って暫くすると、先ほどのお姉さんがどんぶりうどんを持ってきて、目の前に置いた。湯気がもうもうとたち昇り、美味そうな匂いが鼻につく。
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「まぁ食いな。体を温めろ」キッチンで片づけをしながら社長が言う。「何処からきて、何処へ行くんだ?」
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寿司職人と旅人・・・異色である2人の男の語り合いが・・・・幕を開けた。

店の名前は”会津迎賓館 寿し万”
www.aidugeihinkan.co.jp
7人兄弟の端の方に生まれ、親父に一丁前になるまで帰って来るなと追い出されてから60年間、寿司を握り続けている鈴木社長。
「親父の元へ帰る前に、親父は死んじまったんだ」社長は少し下を向いてぼそりとそう言った。

気がつけば店は閉店間際だった。
「兄ちゃん馬鹿なだなぁ!いやぁ面白い!久々に面白い話が聞けた!!兄ちゃん今夜は美味いもんが食えるぞ!」
そう言って、残った料理に、明日の朝ご飯に食ってくれとニシンの笹寿しを握って出してくれた。
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 外へ出ると雪が強さを増していた。
「そんなテントじゃ寒いだろ!ここにある段ボール好きなだけ使え!」
そう言って何人かの従業員が倉庫に束になった段ボールを指さした。
「こりゃぁ兄ちゃん、いいホームレスの練習になるな!」それを見て社長が白い吐息を吐き、笑いながら言った。
僕の頭のなかにぼんやりとホームレスになった姿が浮かび上がってきた。
「またここに来たら顔を出してくれよ!兄ちゃんの様な馬鹿は応援したくなるもんだ!」
「ありがとうございます!そんときはまたテントを張りに来ますので、張らせてください!!!」
降りしきる雪の中、駅前に頭1つ抜き出て立つ大きな寿司屋、そこはとても暖かい寿司屋であった。

2017年1月11日の午後

東北縦断6日目 ~西山温泉へ~

目覚めて入り口のチャックを下ろし、テントから顔を出した。
夜はとうに明け、唸り狂っていた風は収まっている。
雨は雪に変わり、ビチョビチョだった世界を薄く白い雪景色に変えている。
吐く息が白い煙となってユラリと漂っては何処かへ消えていった。
「うぅさみぃ・・・」
再びチャックを上げて入り口を閉め、水の入った飯盒に火をかける。
朝飯の野菜スープが冷えきった身体を温めた。
気分も温まってきた!
今日は西山温泉へ行き、会津若松へ向けて進もう!

~西山温泉へ~
老沢温泉
医師からあと少しの命だと告げられて見放され・・・そんな人が最後、藁にもすがる思いで米と味噌を持って何週間も湯治をやりにくる温泉。
昨日のスーパーで“湯治場・西山温泉”にまつわるこの話を聞いた瞬間、昔、草津温泉でも同じような話を聞いたことを思い出した。
それと同時に、幼い頃親に毎年の様に連れられていた“草津温泉”の懐かしい風景が、脳裏にガーンと浮かびあがった。
その懐かしさは、西山温泉へ行こうか行かまいかフラフラと迷っていた迷想の思いをすっきりとすっ飛ばしてくれた。
ただ西山温泉へ行くには昨日やっとの思いで歩いた道を数キロ戻って、10キロ程山道を行かねばならはない。
ここは・・・ヒッチハイクで行こう!
降りしきる雪の中、僕は道路に出て手を上げた。
数台に見送られた後、ワゴン車が止まり、「山道の前までなら」と作業着を着たお兄さんに乗せてもらう。
車は、痛む足に耐えながら何十分と必死に歩いた道をものの数分で走ってしまった。
流れ去る懐かしき風景を、ぼんやりと窓越しに眺める。
トンネルを抜けるとすぐに山道へと続く分岐点が現れた。
ちょうど赤信号で停車し、そのタイミングでお礼を言って車から降りた。
再び手を上げると、ワゴン車の真後ろを走っていた軽トラが止まった。
西山温泉の近くの部落・久保田に住んでいるというおじちゃんだった。
唸りながら重いザックを荷台に乗せ、温泉へ向かって山道を行く。
山も木もすっかり白く覆われ、奥へ奥へと行くにつれて雪は深くなっていった。
所々にひっそりとした集落がある。かつて桐だんすが何百万で売れていた頃はここ会津林業が盛んで、人々が活気づいていたという。
暫く走ると四方を山々に囲まれ、細々と流れる滝谷川沿いに小さな集落が現れた。西山温泉だ。
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「お勧めは老沢温泉だ。そこはよ、古くて昔ながらの長~い階段を降りていくんだ。すぐ近くに神社があるんだ」おじちゃんが言った。「またどっかで出会ったら乗せてやる!良い旅を、気を付けてな!」
すぐ近くに神社?意味が分からない。おじちゃんは僕に疑問を植え付けさせ、ガタガタと車をきしませながら、雪の降り積もる峠道へと消えていってしまった。
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旅館の近くに神社があるもんだと思っていたが、それらしきものは全く見当たらない。
僕は疑問を抱えたまま旅館の戸をくぐった。
こたつでくつろいでいたおばあちゃんが、重い腰を上げるように立上がり、風呂を案内してくれた。
入り口から左手に進み、風呂へと続く扉を開けると下へと続くトンネルのような長い階段が現れた。
転がり落ちぬよう注意して降りる。
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降りるとすぐに浴室があった。
雪で濡れたジャケットを外してパンツを脱ぎ、ガラガラと戸を開けると、むわっと浴室満たす湯気に包まれた。
湯気で酷く霞む視界を目を凝らしてみると、長方形の浴槽が3つ並んでいる。
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片方の壁は大きなガラス窓になっており、そこから外の景色が見え、すぐ側で2人の作業着を来た男が雪の中を何やら調査をしている。
気配に気がついたのか、男達がこちらに目を向けた。
素っ裸で今まさに湯に浸かろうとしている僕を見てすぐに向き直る。
男で期待外れだったようだ。
湯は熱い。それでも歯を食いしばって身を縮こまらせ、そー・・・っと入れば耐えられる熱さだ。
顔を歪め「ッー・・・」と息を吸いながら浸かってゆく。
ようやく胸まで浸かって落ち着き、辺りを見渡す。驚いた。
入る時は湯気で全く気がつかなかったのだが、壁に神社があったのだ。
おじちゃんが言っていた事がようやく理解できた。
なんの神様か分からないが、湯の中で手を合わせて目をつぶり、無事旅が続けられるよう祈る。
温泉をあがると身体は火照り気分もすっかり緩んでいた。心も体も十分満たされている。
けれどもせっかくここまで来たのだから他の温泉も入らないと!
こたつでくつろぐばあちゃんに、この数多くある温泉でお薦めなのは何処ですか?と聞くと、坂を少し下った所にある“中の湯”と“滝の湯”も良いよと教えてもらった。
早速それらを目指して老沢温泉を発った。

~中の湯へ~
雪は相変わらず降り続いている。
道路を覆う雪が少しだけ厚みを増している。
5分程歩くと川沿いに数件民家が寄り添うように建っていた。
その内の1つに「中の湯」と書かれた看板が目に入り、戸をくぐる。中は広い。
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バタバタと忙しなく走り回る、まだ若い女将に迎えられた。
「朝、温度調節を間違えてしまってね、物凄く熱いと思うから、かき混ぜて入ってくださいね!」そう言って忙しそうに家の奥へと走り去って行ってしまった。
ポツンと取り残された僕は、ザックを下ろし、靴を脱ごうと腰をおろした。
すると、ガチャリと音をたてて事務所の戸が開いた。
「あらあら、いらっしゃい。こんな雪の中をそんな荷物で何処から来られたんです?」おばあちゃんが現れた。先程の忙しい女将とは言葉も動作も正反対で、ゆったりとしている。こちらまで落ち着いてきた。
先程の温泉で身体は火照り続け、まだ湯に浸かる気分でなかった僕は、通されたソファでストーブにあたりながら暫くの間、おばあちゃんの昔話に耳を傾けた。
戊辰戦争敗戦の影響で青森から会津若松へと引っ越し、そのあとここ西山温泉へと来たという家族の話をゆっくりとした口調で語ってゆく。
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ばあちゃんは語りくたびれたのだろう、20分程経つとこと切れたように口を閉ざした。
静まり返った室内に、ストーブの炎だけがモウモウと音をたてている。
火照っていた僕の身体もちょうど冷え、熱い湯を欲していた。
僕は告げた。
「・・・それじゃ、温泉に入ってきますね・・・」
「そうですか、娘が朝湯の温度調節を間違えて熱くなったって言っていたから冷まして入ってくださいね」
戸を開けると、こじんまりした小さな浴槽があり、湯気が白く立ち込めている。
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熱い熱いと何度も告げられていたため、恐る恐る手を触れてみた。
熱くない。全然熱くない。
拍子抜けし、桶で湯をすくい、ザバリと頭からかぶってから一気に胸まで浸かった。
やはり湯は熱くない。むしろぬるい。
温度調節をどう間違えたのだろうと疑問が渦巻くが、考えることを止めはぁとひと息つく。
身体は火照ることなく、何時間でも入っていられそうだ。
15分程経ち、そろそろ出ようかと湯から半身を出す。するとすかさず冷気が無防備な肌に襲いかかり、僕は堪らず生ぬるい湯の中に舞い戻る。もう少し暖まろう・・・と。
だがぬるい湯では一向に温まらない。
寒さを覚悟して湯から半身を出すが、あまりの寒さに覚悟は簡単に折られ、再び湯に戻される。
それを何度も試みるがどうしても湯から出ることが出来ない。
気が付けば30分近くも入っていた。
このままではずっと出られない・・・襲いくる冷気に負けぬ決意を固め、僕は腹をくくった。
浴室を出るとばあちゃんが待っていた。
「熱かったでしょう?」
「ははは」僕はつい笑ってしまった。「凄いぬるかったですよ!出ようにも出られませんでした!」
「あら本当ですか?!それじゃ今、お客さんが居ないから、女湯にでも入ったらどお?女湯なら温かいですよ!」
僕は丁重に断り、次なる湯を目指すことにした。

~下の湯へ~
滝の湯は、女将が最近亡くなったために営業しておらず、近くの下の湯に入ることにした。
雪を被ったつり橋を渡ると、孤立した場所にポツンと一軒だけ民家が建っていた。
戸を開けると同時に、テレビの爆音がガガーンと耳を貫いた。
おばあちゃんがこたつに入ってTVを見てくつろいでいた。耳が遠いのだろう・・・
雪と共に入って来たけったいな僕に気がつき何か言っている。が、TVがうるさくて何も聞こえない。
僕は靴を脱ぎ、おばあちゃんに歩み寄った。
荒れ狂うTVの騒音に紛れて「ここは泊まれないよ」と辛うじて聞こえた言葉。
僕は泊まりに来たのではなく、温泉に入りに来たのだと叫び、入湯料400円を手渡して騒音から逃げるように湯に向かった。
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浴槽は2つあり、そろりと手を入れてみる。
とたんに手を引っ込めた。
なんて熱さだ。まるで熱湯!
老沢温泉など足元にも及ばぬほどの熱さであった。
それでも何とか入ろうと、右足を入れてみる。
「アッチィッッッ」思わず叫んで、直ぐに足を引っ込めてしまった。
湯が熱すぎるのだ。
老沢温泉、中の湯とは比べ物にならぬほどの温度である。
それでもどうにか入らなければと足を入れるが、直ぐに引っ込めてしまう。
「アッチアッチィッッッ」
静かな浴室に響き渡る苦痛の叫び声。広間では同じくTVの騒音が響き渡っていることだろう。もの静かな集落に、頭1つ抜きん出て騒がしい温泉である。
足を入れては引っ込め、入れては引っ込め、ようやく身体を浸けたと思ったら5分も経たぬうちに湯から抜け出した。
鏡に映る身体からはモウモウと湯気が立ち上ぼり、茹で蛸のように真っ赤ッか。
広間に戻ると、おばあちゃんはTVの音量を下げて話しかけてきた。
「そんな荷物で何処へ向かうんだ?」
「青森目指して歩いてるんです」
「青森???こりゃたまげた・・・ちょっと待ってな」
そう言って部屋の奥からミカンを3つ持ってきて、手渡してくれた。
「夏は私は息子と農作業で外へ出て家を空けちゃうから、ここは冬だけしかやってないの。これ、食べながら歩きなさい!」
一軒一軒がとても濃い温泉であった。
5~6軒は入ってみようかと意気込んでいた僕の心は十分に満たされ、まだまだ多くの未知なる温泉を残し、僕は西山温泉を去ることにした。

2017年1月11日午前

東北縦断5日目 ~面白いスーパーのある・柳津へ~

6時20分、パチリと目が覚めた。
腹が一杯だ。物質的な満腹感ではない。
気持ちの面で腹が満たされているのだ。
昨日潤さんと会ってから寝るまでの約12時間、尽きることの無い話題を永遠と語り通した。
今まで知らなかったこと、ものの考え方、捉え方・・・昨日の会話は、僕が今まで頑なに保っていた常識をぶち破り、世界を大きくしてくれた。
障子を開けて窓の外を見る。昨日ずっと降っていた雨は止み、薄暗い空は晴れ渡っている。
まだまだ金山を見たいが・・・今日はここから30キロほど離れた町・柳津を目指し、名残惜しき金山を去ろう。
今日も1日、良い日になりそうだ。
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(黄色線がルート)
~忍耐強い柿の木~
5日前の出発当初からずっと思っていたが・・・長期長距離を歩くのにも拘らず、荷物が重すぎる。
使うと思って持ってきた物の殆どは、実際には出番が来ず・・・。
どんどんぜい肉を削ぎ落としていかなければ。
通りがかりに見つけた町中の郵便局で、予備にと持ってきた300mlの燃料ボトル、珈琲をお洒落に飲もうという愚かな考えで持ってきたヤカン、読み終わった重たい文庫本「森の旅人」、マッチ4箱を段ボールに詰めて、紙切れに「元気です、これらを机の上に置いといてくれ」と文字を殴り書き、家に送る。
幾分軽くなった様な気がするが、まだまだ重い。

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山あいを悠々と流れる只見川に沿って、吹き抜ける涼しい風に、カランコロンと乾いた杖のつく音を響かせながら歩いて行く。
進むにつれて民家と田畑はその数を減らしていった。山が身近に迫り、道は山道に差し掛かる。

ピー・・・と鳥の鳴き声が空から聞こえ、見上げると、2羽のカラスが鳶を追い回していた。
珍しい光景に気を奪われ、足を止めてじっと3匹を見守る。3匹は何回か円を描くように飛び回り、山の影へと消えていった。

暫く行くと道路のすぐ脇の線路に柿の木が1本、雪の中に寂しげに生えていた。
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濃オレンジ色の実は熟しきり、線香花火のプルプルした火玉の様に今にも落ちてしまいそうだ。
誰の柿だろうか・・・回りに民家はない。
膝下まである雪を掻き分けながら柿の木に歩み寄る。
下を見ると幾つもの動物の足跡が、柿の木に向かって伸びていた。僕と同じような奴等がいるようだ。
一番低い柿に向かって手を伸ばしたが、いま少し手が届かず、杖で柿を突っついた。柿はプランプランと揺れる。が、しぶとく枝にしがみついている。
風が吹けば落ちてしまいそうなその姿は見かけ倒しか・・・
今度は枝をバシッと強く叩いた。柿はユッサと揺れるが落ちてこない。
バシッバシッともう少し強く叩くと、ボタボタッと音ともに2つ落ちた。
杖を投げ捨てて、落ちた柿を探す。
1つは草むらの中に落ちてしまったのだろう、見つからず、もう1つは丁度柔らかい雪にめり込んでいる。
実はブニブニで、皮はペロリと簡単に剥けた。しゃぶりつく。
じゅくじゅくに熟し、まさに濃厚な柿ジュースだ。
食べるというより、飲むといった方が良いかもしれない。
ゴマ粒程の大きさであった何ヵ月も前から、雨風雪にずっと耐え続け、今日まで生き残った強き柿達。
その忍耐力は僕の活力を大いに奮い立たせ、熟成された甘味は空いた空腹間を満たしてくれた。
これからもっと厳しくなる環境で、この柿の木は、多くの生き物にその力を分け与えることだろう。


~つるの湯~
三島町に入り、峠道の脇にほんの小さな集落が現れた。「つるの湯」と書かれた看板が目に入る。
いい湯だから是非入った方が良いと今まで出会った皆が口を揃えて言っていた温泉である。
時間は11時、体はまだ疲れていなく、むしろ何処までも歩いて行けそうな程筋肉が高ぶっている。
ここでひと息ついて、折角やる気がでてきて引き締まった筋肉を緩ませるのは勿体無いな・・・
僕は看板を見なかったことにして、通りすぎた。
少し歩いて行く立ち止まり、名残惜しげに振り返る。
折角だからやっぱり入って行こうか・・・誘惑に揺らぐ素直な気持ち。いや、進めるときに進もう!誘惑を打ち破る鬼のような気持ち。
接戦が繰り広げられ、数分後、僕はやはり見なかったことにして、つるの湯から遠ざかって行った。
次来たときは必ず入ろう!それまで思いきり美化してやろう!!
温泉は峠道に消えていった。
潤さんから聞いたつるの湯にまつわる話に、こんなものがある。
目の殆ど見えなかった知り合いのじいさんが、何年もつるの湯に通い、飲んで体に良いはずなんだから目にも良いはずだと目を洗い続けたそうだ。
すると老眼は治り、視力が回復したというのだ。
一体どんな温泉なのだろうか・・・想像すると今でも身と心が引き寄せられる。

~明太子~
つるの湯を過ぎて暫く行くと、長そうなトンネルが現れた。その左脇に、まだトンネルが掘られる前まで使っていたのであろう旧道があった。
迷わず旧道に進んで行く。
脇から覆い被さる木々に、秋の紅葉を思わせる色とりどりの枯れ葉が道路に降り積もり、枯れ枝がそこいらに横たわっている。ガードレールは茶色く苔むし、見事なまでの荒れ果て様だ。
人も車も殆ど通らないのだろう。
山の内部からトンネルを走る車のか細い走行音が、ときたま低く響いてくる。
体を無理やり貫かれ、汚い排ガスを直接体内に撒き散らされているこの山は今一体どんな気分なのだろうか・・・。怒ってるし悲しんでるに違いないよな・・・そんな思いがふと浮かび、今後トンネルを通る際には、山に謝りながら通ろうと思う。
今までの道路の喧騒から離れて、ピーチクパーチク鳴く鳥の声が鮮明に聞こえるようになった。
ザックを広げ、2日前にこうたろうさんの奥さんに握って貰ったおにぎりにを1つ取り出す。
サランラップをペロりとめくり、二口かぶりつくと、ブリュッと辛子明太子が飛び出てきた!
疲れた体を、ピリ辛いちっちゃな卵の一粒一粒が癒してゆく。
サランラップを閉じ、食べかけのおにぎりをポケットに突っ込んで、再び歩き出す。
30分もしないうちに腹が減り、ポケットから先程のおにぎりを取り出してかぶりつく。
再び明太子が疲れを癒す。
ご飯は3回目でなくなり、ラップに明太子がいくつかくっついている。
柳津まであとどれ程の距離なのか・・・限られた食料、ちっちゃな1粒の卵も無駄にはできない。くっついた明太子を1つ残さずすいとった。
常に食い物で満たされていた今までの生活ではこんな事はやらなかった。
それに気がついた今、これからもこの気持ちを忘れてはならない。

~スーパー~
晴れていた空はいつしか重い雲で覆われて、ポツリ・・・ポツリと小雨が降り始めた頃、奥会津の玄関口・柳津にたどり着いた。4時を過ぎている。
日本三虚空藏の1つの寺があり、その建立の際の材木運搬に難行していたところ、何処からともなく現れた赤い牛がそれを手伝ったことから、首をゆらゆらと振るう赤べこが生まれたとされている。
僕の前にも何処からともなく赤い牛が現れて、乗っけてってもらえれば、どれだけ助かることか!
道の駅・会津柳津に立ち寄り、今晩屋根の下にテントを張らせてくださいとお願いする。
快く許可してくれたおばちゃんは、売店にあった試食用のキムチを閉店したら捨てることになるからと全てくれ、寒いからと甘酒を水筒に入れてくれた。ここら辺に古臭く風情のある温泉はあるかと聞くと、見なかったことにして通りすぎた「つるの湯」、たどり着くほんの少し前に雨が降りそうで見向きもしなかった「西山温泉」、この2つだと言う。
西山温泉か・・・西山温泉の事を頭に浮かべながら近くの「かねか」というスーパーで晩飯の鍋の具材を買いに行く。
レジの若く小柄な女の子に、「西山温泉ってどんなところですか?」と聞くと、「え、え・・・西山温泉ですか、え・・・そうですね・・・」と慌てふためき始めた。その慌てぶりは凄まじい物で、チョコチョコチョコチョコ身を動かし、ゴニョゴニョ何かを言っていたが何を言ってるのか聞き取れず。その姿は可愛かった。
僕らの会話は回りのレジの女性に、他の並んでいた客にも波及し、レジの回りに5人程の小さな人だかりができた。皆やるべき仕事をほっぽりだし、あーだこーだと西山温泉の事に議論を交わし始める。
みたことのないその光景がたまらなく新鮮だ。
話題は西山温泉からそれて、いつしか僕の旅へと移っていった。
どっから来たのか、熱でもあるのか、何で歩いてるのか、何処で泊まるのか・・・
女の子に去り際に貰ったレシートは、金額と数字がめちゃくちゃだった。
動揺して手元が狂った様である。
柳津とは面白い町である。
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東北縦断4日目 仙人に見えた老沼さん

扉の向こうからガタゴトと聞こえる音で目が覚めた。夜明け前、部屋は暗く、布団から出ている顔が冷たい。
極寒の地である布団の外へ出なければ。
と思うも出るのが非常に辛い。
出なければ、でも1歩が中々出ず・・・それでも出なければ・・・躊躇ってはダメだ、意を決して勢いよく布団をはいだ。こういう時は勢いが何よりも大事なのである。
待ってました言わんばかりに、一瞬にして冷気が全身に襲いかかる。
身を震わせ、寝起きで朦朧とした意識の中、洗面所で歯を磨き、ダウンを着て外へ出る。
日の出前で、まだ外は青暗い。
昨晩降っていた雨は雪に変わり、道路も木々も屋根も車も白く覆われている。
こうたろうさんは犬を連れて、先を黙々と歩き始めていた。
寒さをどう感じているのだろうか、縛られていた縄から解き放たれた犬は狂った様にきゃんこら鳴きはしゃぎ、足跡のついていない無傷な真白の雪面に、細く小さな足跡を付けている。散歩が相当好きなのだろう。
僕は小走りでこうたろうさんの後を追いかけた。
昨晩寝る前に、犬の散歩についてくれば鹿に狸、狐にウサギの足跡が沢山見れるよと言われたのだ。
これは狸だね、これは狐、足跡を発見する度に僕に丁寧に教えてくれる。それを眺めてただただへぇぇと感心する。
暫くするとやってはいけない過ちに気がついた。
降る雪が溶けて、ダウンが濡れているのだ。
雪の世界を徒歩で旅するにあたり、絶対にダウンを濡らしてはいけない。
オーバージャケットを着ないで出てきてしまった初歩的なミスだった。
ダウンに降り積もる雪を忙しなく手で払い除ける。払い除けるもひっきりなしに降り積もる雪。
これは兎だね、こうたろうさんはそんな僕に丁寧に教えてくれる。
しかしこれ以上濡らすまいと、払い除けるのに夢中になってしまった僕はもう足跡処ではなくなっていた。
これは・・・大きい足跡だ。鹿かな
へぇそうなんですか!
中身の無い相づちを出すも、気は別の所にあるのであった・・・
こうたろうさんの親切に答えられず、申し訳ない気持ちで散歩を終えてしまった。
あまり良くない1日の始まりである。
今日はこの金山町に移住してきた、世界・日本中を旅したという老沼夫婦にあうのだ!


~忘れ物~
こうたろうさん家族と別れた僕は、是非入った方がいいと熱く勧められた温泉に向かった。
国道400号線沿い、知っている人しか決して分からぬであろう抜け道のような、雪の被った小さな階段を下ってゆく。直ぐに川沿いに小さな小屋か現れた。木の板に書かれた文字・「亀ノ湯」。
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金山町の秘湯、小さな共同浴場だ。
後ろからズボリッ・・・ズボリッと音がした。振り返ると腰の曲がったおじいさんがズボズボと雪をかき分けて歩いてきた。
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「おはようございます!」
挨拶をするも、返事は無い。
そのかわり指で自分の耳をくるくると指差した。
どうやら耳が聴こえないらしい。
扉を潜ると直ぐ左右にしきりの無い男女更衣室があり、水着・タオルを着用しての入浴はご遠慮下さいとの注意書が目に留まる。
目の前にモウモウと白い湯気をあげて、暖かそうな湯が横たわっていた。
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じいさんと僕は黙々と服を脱ぎ、冷えきった湯にチャポリと身を浸した。体は一瞬で暖まり、湯気と共にほのかな木の香りが鼻を突き抜けた。
横目でおじいさんを見る。目をつぶり、とても幸せそうだ。
暫くするとじいさんはゆっくりと湯を上がり、あぐらをかいて風呂桶を股に挟み、髭を剃り始めた。シュリッ・・・シュリッ・・・静かな剃る音が鳴り響く。
その音に呼応し、僕は手で顎を撫でた。
髭が少しのびている。
湯を上がり体を拭いて更衣室に行き、剃刀の入った洗面用具を出そうとザックに手を突っ込んだ。
無い。ザックのポケットを全て開け、荷物を出してゆく。
無い。洗面用具が無い。狭い更衣室はあっという間に僕の荷物で散らかった。
そうこうしてる間に体が冷えてきた。
たまらずドボンと湯に戻る。
おじいさんは静かに髪を洗っていた。
僕は暫く体を暖めてから再びザバリと湯を上がり、更衣室に向かった。
ガッサガッサガッサガッサ・・・ザックの荷物を全て取りだし、更衣室に荷物の山を積み上げたが結局見つからず、こうたろうさん家に忘れたと結論に至った。
取りに戻るしかないか・・・だが、その事に気を取られちゃいけない。今はせっかくのこの湯を堪能しなければならない。
じいさんは事を済ませて再び湯に浸かって、ガサゴソと忙しない僕を静かな眼差しで眺めていた。
僕はポチャリと湯に戻り、再び浴室は静けさを取り戻した。
5分ほどたっただろうか、扉がガラガラと開き、「あ、良かったまだいた!これこれ、忘れたでしょ!」と、こうたろうさんの父が洗面用具を片手に現れた。
僕は申し訳なささと不甲斐なささで一杯になった。
これから長い旅路、この忘れ癖は一体どれ程の人に迷惑をかけるのだろう。
今日限りでこの悪い癖は治さなければならない。
おじいさんは僕らのやり取りをじっと静かに見つめていた。

~金山町の移住した仙人のような人~
老沼さんて言うんだけど、日本と世界中をあっちこっち旅してね、やはり君みたいな人で、金を稼ぐばかりの毎日に疑問をもって、最近この町に移住してきたんだ。話が合うと思うよ!どう?会ってみたい?
別れる前にこうたろうさんは僕に尋ねた。
僕はそれに、はいと迷わず速答した。

町から少し離れた山を暫く上ると、5軒の民家が立ち並ぶ集落に行き着いた。
去年の6月、築100年にもなる空家を65万円で購入し、自分達で修繕しながら半自給自足で生活している老沼潤・飛野さん夫婦。
家ノ裏にはチャパチャパと音をたてて、湧き水が止めどなく涌き出、赤々と静かに揺らめく薪ストーブの炎が部屋を暖めている。
「今の時代、金を稼いでなるべく使わないように節約している人が多いと思うけど、俺達はいかに金を稼がずに生きるかを大事にしてるんだ。すると自ずと生活が豊かになっていくよ!」
薪ストーブの燃え盛る炎の中に、貰ってきたという廃材を入れながら、落ち着いた雰囲気で老沼さんは話す。
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日本昔話に出てくるような、古い空気を感じ取った。
ここならばあるかもしれない!
そう思った僕は訪ねた。
「マメ柿の干柿ってありますか?」
「うんあるよ!」
心が飛び上がった。
昭和村からずっと楽しみにし、一時はもう作ってる人はいないと告げられて諦めかけた干柿が目の前に置かれた。
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マメ柿の渋味は非常に強く、昔は紙に擦り付けてその強い渋を紙に張り付けていたという。すると水を通さぬほど紙が丈夫になり、それを畳や御座なんかに張り付けて加工していたという。
それほど渋味が強いので、干したときに甘味が強くなるのだ。
また風が強い地に適した干柿作りは本来、風の少ない金山町には向いてなく、それで通常の大きな柿と比べて乾燥しやすい小さなマメ柿が金山町には向いていたという。
僕はムシリッとかぶりついた。ねり飴のようにネチっとし、濃い甘味が口一杯に広がった。
昭和村で抱いた小さな願いが叶い、これで金山町を心置きなく去れることであろう!

~幸せなショウジョウ蝿~
日本酒をチビりと飲んでいると、一匹の小さなショウジョウバエが細かに羽を羽ばたかせ、どこからともなく飛んできて空いた小皿の縁に止まった。
凍てつくこの極寒の1月に、こいつはなぜ生まれてきたのだろうか。
行末を見ようと、僕はじっと見つめる。
ハエは縁をちょっと歩き、料理の汁がより多く残っている皿の中心部へ向けて降りていった。
皿の表面は料理の油でぬめっている。
あろうことか、次の瞬間そいつは足を滑らせてひっくり返った。仰向けになったハエは起き上がろうと必死に足をばたつかせている。
何とか元の体勢に戻ることができたが油が羽にくっついたのか、飛ぶことができずよたよたと皿の縁に戻り、ポトリッとテーブルに落ちてしまった。
その後の歩いて行き、皿と皿の暗い谷間へ消えていってしまった。
姿が見えなくなったことで気はショウジョウバエから逸れてその存在を忘れ、僕は潤さんとの会話に戻っていった。
数時間後、夕飯を食べていると、今までどこにいたのか、そいつは再びどこからともなく飛んできて料理の皿の縁に止まった。
そのハエを見て僕は言った。
「ここにショウジョウバエが居るんですけど・・・こいつは凄い幸せな奴だと思うんですよね」
「このハエね、なんか3日くらい前からいるんだよね」飛野さんが優しい声で答えた。
「あ、飛野も気がついてたんだ」
潤さんが続いた。
僕はそれら言葉の意味を理解し、感銘を受けた。

寒い1月に生まれるハエはもういないかもしれない。生物にとって持って生れたて役目である子孫を残すことは、このハエには難しいかもしれない。
でも暖かい部屋で、死の危険を伴わずに美味しい飯にありつけるショウジョウバエ
もし、僕の実家で生まれていたのであれば、ハエに特に敏感な親父に直ぐにはたき殺されていたであろう。
ハエはじっくりと飛野さんの美味しい手作り料理を味わっていた。
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2017年1月9日

東北縦断3日目 マタギへ会いに金山町へ

4時半、しらかば荘の駐車場に張ったテントで目が覚める。
湯を沸かし水筒に大好きなココアを入れ、荷物を置いたまま、夜道をヘッドライトで照らしながら僕は昭和村を目指した。
村で朝日を拝めるためだ。
両脇に生い茂る木々が黒い影を落とし、所々凍結した道を40分ほど歩くと、ぽつりぽつりと民家が現れ、村に到着した。
何件か電気がつてはいるものの、外にまだ誰もいない。
コイン精米所の近くが開けている。
見通しのよい場所を見つけて腰を下ろし、水筒をすすった。ココアは熱い。熱くて火傷し、口内の上の皮が剥がれた。
暫くすると、空をおおう雲が輝き始め、雲間から射し込む光が冷えきった村を照らした。
1日が始まった、今日目指すは15キロ程離れた金山町、マタギの猪俣さんに会うのだ!

~干柿~
道の駅・からむし織の里の屋根の下、ベンチに座ってかじかんだ手で昨日束原さんから貰った年賀状に 、文字をふるふると書いてゆく。
「これを書いてる今、俺は東北の昭和村にいます~・・・」
元々汚い字が、さらにし烈を極める。
昼近くになり、そろそろ金山町へ出発しようかとしらかば荘へ向かって村を歩いていると、ある家の前でお婆ちゃんが雪をかいていた。
僕は立ち止まり、話を始めた。
ふと見上げると家に干柿が吊るしてあった。
随分長いこと干柿を食っていなく、懐かしさを覚える。僕がじっと見つめていると、ばあちゃんが口を開いた。
「干柿ねぇ、金山町にはピンポン玉よりもちっちゃなマメ柿があってな、その干柿が甘くて美味しいの、ここよりも美味しいのよ!」
そういうわけで、ちっちゃくて甘いという干柿を食べたくなった僕の金山町への期待は、一挙に膨らんだ。果たして出会えるのだろうか!
「雪かき手伝いますよ!」話の礼をしようとした。
「いいのいいの、今年は全然雪ないから、また降った時にお願いね」
僕は立ち去った。

~水筒を忘れて~
しらかば荘へ着いて、乾かしていたテントと寝袋をたたんで荷物をまとめていると、あることに気が付いた。
ココアの入った水筒がない・・・。村に置いてきてしまったのだ。
時間は11時を回っており、再び歩いて村に戻ったら3時と決めた猪俣さんとの約束に間に合わない。
僕は急いで道路に出、村へ向かう車に手を挙げた。
3台目で軽トラが止まり、おじさんに村まで乗せてもらう。
帰りもヒッチハイクし、軽トラのおじさんにしらかば荘まで乗せ貰った。
移動中これまでの旅話、これからの夢を話して聞かせた。
しらかば荘で降ろしてもらい、荷物をまとめていると去った筈のじいちゃんが軽トラで戻ってきた。
「アンちゃん、一人だよな・・・?」
「はい・・・一人です」
「良かった!これやるから食いな!」
そういって、137円の値下札の貼ってある賞味期限のキレたうどんを手渡された。
「ええ!いんですか?」
「あぁ久しぶりにばかみたいな話が聞けたからな、その礼だ!」
生まれて初めて、下らない僕の話が売れた瞬間だった。車に乗せて貰ったのはこっちだというのに・・・・f:id:Yu-Ma:20170113072038j:plain

金山町へ
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雪を薄く被った山、人の姿のない集落をいくつもの抜け、重い荷物に苦しみながら3時間、最後に長いスノーシェッドを10分ほど歩いて抜けると、昭和村に似た雰囲気の集落が現れた。
山々に囲まれた古い古民家が、いくつもの立ち並ぶ人口2000人ほどの金山町だ。
おじいさんがどこからともなくヨチヨチと現れて、道路にコテッと座り込んだ。
ポケットからゆっくりと煙草を一本取りだして火をつける。プカーと煙を吐き出してそれを見ていた僕を見た。
「どこさいくべ~?」



自然というものをマタギを通して伝える猪俣さん
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・作る人が殆ど皆年寄りだけで、あと少ししたら無くなってしまうかもしれない金山町の特産物・赤カボチャ。
・未舗装の道路に、電車もろくに通っていなかった明治時代、積もる深い雪の中を命がけで十和田湖から沼沢湖へ、卵を持ってきて、そこから始まったヒメマスの養殖。
・今や西洋蜜蜂に追いやられ、年々数を減らしている、日本の自然の多様性を豊かにしてくれた日本蜜蜂。
・冬はマタギ

伝統の赤カボチャ、当時の村人達の熱い思いがあるヒメマス養殖、消えつつある日本のかけがえのない蜜蜂、そしてマタギ

今ここで詳しく文字で伝えることは出来ないが、それぞれに本当に深い思いがあり、麻婆ラーメンをすすりながらその話を聞いていた僕は全身鳥肌がたっていた。

礼を言い別れを告げて、僕は温泉・せせらぎ荘へと向かった。
湯を上がり、椅子に座って日記を書いていると、見知らぬ村人に声をかけられた。
「君か?今東北を縦断しているという青年は?今から友人と酒を飲むんだけど良かったら話を色々と聞かせてくれないか、今夜家に泊まっていってもいいからさ!」
栗城こうたろうさん
近くの道の駅で働いている町議会議員だ。
雨が降りしきる中、濡れて凍えることを覚悟していたこの夜、町の話を沢山聞き、温かい布団でゆっくりと眠ることができた。



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酒でふらふらになりながらも言葉を絞り出した。「あの、干柿を探しに来たんですけど、この町に凄く甘くてちっちゃなマメ柿の干柿があるときいて・・・知ってますか?」
テーブルを囲む男達が口を揃えていう。
「今は作ってる人はいないよ」
がっかりした。
だが、まだ分からない。何処かに作ってる人はいるかもしれない!!そう信じよう!

2017年1月8日

東北縦断二日目 昭和村を目指して

まだ夜が明けて間もない頃に、星さん夫婦に別れを告げて向かった先は、南会津から50キロ程離れた奥会津・金山町。
金山町に猪俣さんというマタギの方が住んでおり、会って話を聞くためだ。
ただ50キロという距離を重い荷物を背負って、1日で行くことは、まぁまず無茶であろう。
そういうわけで、途中30キロ程離れた昭和村を中継していくことにした。



~道を間違えて~
養鱒公園駅を出発し、田畑に囲まれたた道路を地図を頼りに歩いて行く。回りに雪はない。空は晴れ渡り、陽射しが暖かく、汗がじんわりと滲んでくる。
1つ先のふるさと公園駅を越えると道が2つに別れた。町で貰った地図を見て、近道であろう左に伸びる細い道を選ぶ。道は線路沿いを進んで、暫く歩くと藪に突っこみ、滔々と流れる大川に行く手を阻まれた。道を間違えたのだ。地図には乗っていない道を僕は進んでいた。引き返そうにも時間と体力が勿体無い。周りを見渡した。あぜ道を通り、田畑を横れば道路へ出られるはずだ。
道路を目指しあぜ道へ歩を進めてゆく。
泥濘んだ道は、体重のかかった足を、土のなかに引きずり込んでいった。
藪に覆われた6メートル程の土手が現れた。
草の棘が服を貫いて、チクチクと肌を痛め、木々から垂れ下がる腕程の蔓が行く手を遮ってくる。
枯れ草で足を滑らせ、前のめりにすっ転び、土が飛び散った。
近道を行こうとした報いかな・・・そう自分に言い聞かせて立ちあがり、土手を登りきった。
リンゴ畑の向こう20㍍程先に道路が見えた。安堵の一息がもれる。
それを目指し歩いている途中、畑の隅に腐ったリンゴが山積みに捨ててあった。
食べられることなく腐ってとろけているどれもこれも何だか悲しそうに見えた。
勿体ねぇ・・・そう思ってじっと見つめていると、まだ食べられそうな小さなリンゴが1つ目に留まった。
それを手に取り、ザックの布で拭いてかじった。
誰にも食べられずに腐り果ててゆく筈のリンゴは、乾ききった僕の喉を十分に潤してくれた。
僕は道を間違ってはいなかった。

~竹杖~
道路は131号に入り、山深くなっていった。
所々に見られた薄い雪も徐々に厚みを増してゆく。
ふと道路脇の山の斜面を見ると枯れ竹が数本横たわっていた。
しめしめと僕はそれで雑で見窄らしい杖を、2本こしらえた。
からんころんと竹杖のつく音が心地よく響き渡る。
古民家の庭に蛇口があり、水を頂こうと戸を叩いた。
暫く経ったが誰も出てこない。
諦めて僕は歩を進めた。
すると5分ほど歩いた頃、後ろから来た軽トラが僕の横で停車し、窓を開けて、じいちゃんが顔をだした。
「トントンやってたのはお前さんか?」
「この竹杖ですかね、つくと音が鳴り響くんですよ!」
「いや、それじゃねぇ!お前さんが、うちの戸トントン叩いたのか?」
「あ・・・はいそうです。水をちょっと貰おうと思って」
「先歩いてろ、今汲んでくるから」
そういって、じいちゃんは勢いよく引き返し、また直ぐに戻ってきた。
手渡されたビニールには、茶と栄養ドリンクがあった。
干からびていた僕はそれをお礼と共に受け取って、一気に飲み干した。
「これから歩いてどこまでいくんだ?」
「昭和村です」
「乗ってけ、ここから峠を超えなきゃならんぞ」
「や、や、歩きます!どうもありがとうございます」
「その棒を貸してみろ」
そういって星さんは鉈で枝を削ぎ落とし、みすぼらしい杖の形を整えてくれた。
じいちゃんの名は星さんという。
当時栄えていた林業が廃れ、人々が去り物静かな集落・戸石で、今は熊が人の捨てたゴミを食わないよう不法投棄のパトロールを行っている。再び日本が自国の材木を使うことを願って、様々な事を考えていた。
僕らは暫く雑談し、星さんと別れた。
「きぃつけてな!またいつかここへ寄ってくれ」
竹杖をこれからずっと使っていこう。



~昭和村~
凍り付いた峠を超えてトンネンを出、山あいを抜けると、野尻川に沿って古い古民家が立ち並んでいた。日本の原風景が残された昭和村だ。時間は4時を過ぎている。僕は昭和村へ到着した。
道を歩いていると、前方数㍍程の距離で、車のシートを弄っていたじいちゃんが手を止めて、こっちをじっと見つめている。
「兄ちゃん、そんな荷物背負ってどこの山に登るんだ?」
「いや、山には登らず、青森を目指してるんです。今は郵便局にいこうかと。親から年賀状が届いたと連絡が入り・・・返事を書かなきゃ」
「青森???年賀状をやっからうちに寄って話を聞かせてくれ!」
半場強引に家に引き込まれた。
名を束原さんという。
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昔はこの地で出る縄文遺跡の発掘に携わり、現在は駒止湿原の案内人等をしているという。
僕は束原さんに昭和村の話を沢山聞いた。
今抱えている問題点、この地の歴史・・・熱い珈琲をすすり、ようかんの甘みが疲れた体を癒してくれた。寡黙な奥さんはじっと座って僕らの話を聞いている。
気が付けば、夜が更けてしまっていた。
この村唯一の温泉・しらかば荘へ案内してもらった。
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この温泉の始まりは、黒鉱(くろこ、銅鉛亜鉛の原料となる鉱石)の発掘にある。
発掘していたがなかなか黒鉱は出てこず、代わりに温泉がわき出てきたというのた。
ここに出るのなら他の所にも温泉は出るはずだ!ということでその後、所々で調査をし、温泉を掘ったが温泉はどれもこれもハズレ・・・これ以上温泉に金をかけられないと、このしらかば荘が村唯一の温泉となったのだ。
この雪深い地で唯一の温泉・しらかば荘。
村の住民達にとってかけがえのない存在となっている。
この日も女性達が宴会を楽しみ、風呂では住民達がありふれた世間話を片言に、身を温かい湯に浸し、冷えた体を暖めていた。

2017年1月7日

雪かき東北縦断一日目、親切に甘えて

他に乗客は殆どいないがらんとした電車内。
ボックス席に座った僕は、小さなテーブルの上に年賀状を広げ、ペンを走らせた。今朝来た年賀状の返信である。
電車はガタガタと揺れ、文字がゆらゆらとぶれる。
一通り書き終え、母親に餞別として受け取った弁当を広げて空きっ腹にがっつき入れた。
母親の心配する別れ際の顔が、脳裏に浮かびあがり、なんだか申し訳ない気持ちとちょっとした寂しさに浸った。
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東武スカイツリーラインはスタート地点の会津田島駅へ向け突っ走り、約3時間半かけて到着した。
時間は14時を回っている。
駅を出ると、薄暗い曇り空の下、住宅街が広がっている。
12月の後半に、役場へ連絡を取って、雪かきで困っている民家を案内してくださいとお願いし、快く承諾して頂いた。
「では、到着したら役場まで来てください」と。
しかしそんな話はぶったぎられ、僕は役場へ行かないことになった。
理由は至極単純。
雪が全く無いのである。
今年は異常気象なのか、例年なら1メートルは積もってるこの会津田島では今年は全然降り積もっていないという。
雪が無いのならば、雪かきも出来ない。
役場の方と直前に再度相談し、今回は辞めてまたの機会に来てくださいということになったのである。

雪がなければそれだけ人も困ることは無いであろう。僕は北へ、会津田島から数駅先の養鱒公園駅を目指すことにした。

道路をひたすら歩き続ける。
ザックの肩紐が、100㍑のザックの重みで肩にのめり込み、発って早々に心のなかで悲鳴を上げた。
周りを山々に囲まれ、後ろを振り返ると、夕暮れ近くの陽光が雲間から射し込んでいる。その美しさに疲れが一気に吹き飛んだ。
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写真を撮ろうとカメラのシャッターを切るが、カメラのシャッターが開かない。電源を入れて切り、切っては入れ、何べんも繰り返すが、シャッターはピクリともしない。
おかしい、昨日大ふんばつして買ったばかりの一眼レフ、。悲しき初期不良である。
実は昨日、元々持っていた一眼レフが突然動かなくなり、サポートセンターへ相談したところ、修理に出しても1ヶ月位かかると言われ・・・それでは明日出発する旅に間に合わなく、急遽同じ一眼レフを買ったのである。
数ヶ月後、アラスカへ行く時には2台持っていくつもりだったので、同じカメラを2台買うことに特別ショックは無かったのだが・・・
まさか2台目が買って早々に初期不良を起こすとは・・・山々とどこまでも広がる畑に囲まれ、透き通った空気の中、道路の真ん中で僕は1人怒り狂った。
店に苦情を入れると、会津若松のコジマ電気で取り替えてくれることになった。
※何べんも電気で入れ切れし、たまにシャッターが開いたときに撮った一枚である。

ひたすら続く道に、果たしてこの道はあっているのだろうか・・・疑問を覚えた僕は、道路脇の民家の戸を叩き、出てきた星さんという名前の姉さんとお婆さんに道を尋ねた。
養鱒公園駅ってこの道をまっすぐですか?」
「あらまぁ、こっから歩いて行くんか?遠いぞぉ、ほれミカンをやっから食いながら行きな」
そういってミカンを3つ手渡してくれた。
ミカンは甘酸っぱかったが心は暖まった。
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日が暮れた。辺りは真っ暗になり、ようやく養鱒公園駅にたどり着く。

近くの公園でテントを張り、カラカラの喉を潤わそうと水筒を蓋をひねった。水が殆ど残っていない。僕はテントから出、辺りを見渡した。小さな公園に水道は無い。
直ぐ側の民家の戸を叩き、出てきたお婆さんに水を恵んで下さいとお願いする。
「そんなさみい所で寝るんか?」公園に張ったテントを見て、バーさんが言った。
「風邪ひいちまうべ、家にとまってけ」
どこの馬の骨ともしらぬ原人のような僕を・・・なんと親切な人が多い地なのだろう!
僕はその親切に甘えてしまった。

埼玉県の高校生の食いっぷりが見てみたいもんだ!!さぁたんまりくってけ、と 夕飯がたんまり出てきた。高校生じゃありません、と米を平らげると、すかさずお代わりを追加

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とちの実の餅
8月頃落ちるとちの実を乾燥させ、湯がいて皮を剥き、灰汁をとって、餅にする。
とちの木はここ下郷の地の自然林に沢山生えている。ただその加工が大変なため、今では餅にする人は殆どいないという。

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イカニンジン
初めて聞いたとき、イカ人間と聞こえ、聞き返してしまった。
会津他方では、縁起のよいものとされ、正月に食べられる、イカとニンジンの料理。

山から降りてきて、両腕にカボチャを 抱えてとっていく山猿を怒りながら、のんびりと年金暮らしをしている星さん夫婦。
ごちそうさまでした!!幸先の良い旅のスタートとなった。

2017年1月6日