雪かき東北縦断の旅

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雪かき東北縦断の旅

旅の記録 「雪かき東北縦断」のブログです。期間は2017年1月~3月の2ヶ月間。福島県⇒山形県⇒秋田県⇒青森県と東北地方を雪かきを手伝いながらの縦断に挑戦します!

10日間の修行を終えて

  2月26日、それは竜飛崎へゴールする前日の深夜の事であった。いてぇ…。僕は右足親指の付け根の痛みで目が覚めた。ズキズキと骨まで染み入るような、耐え難い痛みだった。それはまた、過去に経験した覚えのある痛みであった。それを思い出し、瞬時に嫌な予感が頭をよぎった。

時計を見た。針は12時を回ろうとしている。もそもそと寝袋から這い出し、ヘッドライトで痛む箇所を恐る恐る見てみた。ちくしょう…。腫れていた。ほんのりと赤く、トマトの様に丸々と腫れあがっていた。見覚えのある光景だった。そして先ほど感じた嫌な予感は当たっていた。忘れもしない、それは2年前に経験した時と全く同じ痛風発作であった。

竜飛崎まで残り10キロもないゴール直前で僕は痛風発作に侵され、まともに歩けないという危機的状況に陥ってしまっていた。嫌だった。ゴールを目と鼻の先にして痛風によってゴールすることを諦めるなんて最悪だ。僕は電気を消し、足を刺激しない様に、ゆっくりと寝袋に戻って横になった。寒く、真っ暗なテントの中。直ぐ傍でさざ波が岸に打ち寄せては引き戻る音が響いてくる。風は無く、雪も降っていない。波の音以外音は無く、心地よい静寂に包まれていている。僕は目を閉じた。そして治れ!治れ!!と念じながらズキズキと痛む足に意識を浸み込ませていった。体をピクリとも動かさず、他の事を一切考えずただそれ一点に、僕は集中した。治れとひたすら強く念じ、発作が治るイメージを鮮明に作り上げていった。暫くすると体全体の感覚が無くなり、意識はトロトロに溶けて体の内部に溶け込み、親指の痛む箇所へとのめり込んでいった…。どの位時が経ったか分からない。いつの間にか意識は無くなり、僕は眠りに落ちていた。

薄い意識の中にカモメの鳴き声が入り込んできた。パッと目を覚ました。外は薄明るい。朝が来た。恐る恐る親指を動かしてみた。痛みが無い。昨夜あれ程痛んでいた箇所が全く痛くない。寝袋から出て見て見ると、腫れもすっかり引いている。何事も無かったかのようにすっきりとしている。これを読んでいる方の大半の方は信じ難く疑ってしまうかもしれないが、僕は自己治癒力で見事痛風発作を治したのだ。そして2月27日、無事歩いて竜飛崎へゴールすることが出来たのである。

これはほんの一例である。今から4年前のある日、この日以上にどうしようもない絶望的な境地に陥った際に、僕はこの療法を自ら編み出した。その時から今現在までの間、僕は自分の体に何か故障が起きた時、幾度となくこの自己流の治療法で病院や薬に頼らずに治してきた。それは捻挫であったり、腹痛や風邪であったり…色々だ。人の潜在意識がもたらす影響は本当に凄い!そして心のどこかでもしかしたら僕が行っているこれはいわゆる瞑想って奴なのかもしれない…僕はそう思っていた。

だが今まで、それ以上特にこの不思議な力について追及はしてこなかった。それをもっともっと追及してみようと思ったのはごく最近の事である。何故か…それはこれから5ヶ月のユーコンの長旅に出るからである。

これから行く長期間のユーコンの旅では何があるか分からない。何十日も荒野の中で生活し、どんな不測の事態が起こるのか分からない。だからもっとこの力を極めてから行こう!それが今回行った修行のそもそもの動機であった。

加えてもう1つ。今以上に感覚をもっともっと研ぎ澄まし、自然に溶け込んで、自然を思いっきり感じ取ること。

 自己治癒力を高めること、そして感覚を研ぎ澄ますこと…これを行う為、僕は瞑想の修業を行った。そして、やるのなら中途半端ではなく、徹底的にだ。瞑想修行の名前は『ヴィパッサナー瞑想』である。

 ヴィパッサナー瞑想とは、ブッタが悟りを開いた際に用いた瞑想法である。僕自身現在も深く理解していないため、詳しく説明は出来ないが、世の中、数多くある瞑想法の中の1つなんだなと思えばいいと思う。千葉の森の中にこの瞑想修行の施設があり、修業は10日間に及ぶ。4月12日~23日まで、治癒力と感覚を研ぎ澄ます為、僕はそこへ行ってきた。

 12日、家からゆらゆらと電車で揺られること約3時間。都会の喧騒とする景色は電車が走るにつれて消えてゆき、田園風景が広がっていった。荻原駅で降り、バスでさらに15分程走り、そこから水の張った一面の田を眺め、ケロケロと鳴くカエルの鳴き声を聞きながら歩くこと15分、その施設に到着した。施設は小高い丘の上のだだっ広い草地にあった。周りは山、木々に囲まれている。空気の澄んだ静かな場所だった。小さな体育館の様な質素な建物とバンガローが数個立ち並び、奥の方にテントが10個程並んでいる。

 そして修業が始まった。続々と集まって来る人々…。どこか遠いはるか海の向こうの無人島から、椰子の実を飲みながら筏をギーコギーコ漕いでやって来た様な、見たことは無いがまるでロビンソンクルーソーの様な髭や紙をしている人…見るからに僧侶の人…真面目で堅実そうな人…集まってくる人は皆、僕とはまるっきり別世界で生きている様な、今まで話したことも接したことも無い個性ふんだんに溢れる人達ばかりであった。そんな人達が、男女合わせて約70人が集まった。10日間の修業の間、いくつか規則があった。大まかに言うと、男女2手に別れ一切の接触を断つ。男性どうしでも指導者以外、他人と一切の会話をしてはならず、体を触れること、ゼスチャーも目を合わせることも許されない。これは他人から干渉を受けず沈黙を貫き、徹底的に自分自身と向き合う為なのだろう。10日間、食事は奉仕の方々が作ってくれ、朝昼の2食のみ。肉と魚は一切使わない玄米菜食メニューである。寝る場所はドミトリーとテントが選べ、僕はテントを選んだ。朝から夕までウグイスが鳴き続け、毎夜フクロウがすぐ傍の樹上から鳴いていた。心地よい空間である。他、携帯や本、メモなどが一切禁止。

 いよいよ修業が始まった。あぐらを組んで背筋を伸ばして目を瞑り、鼻にのみ意識を持って行き何も考えず、入っては出ていく呼吸を例え足が痛くなろうともどこかが痒くなろうともそれに反応せず、ただただひたすら観察するのである。しかし、これが非常に難しい。何も考えずじっと呼吸を観察しようにも心は、過去に未来に過去に飛び回り勝手に想像を膨らませ、自ら作り出したその想像によって勝手に気持ちを浮き沈みさせるからだ。現在進行形で起きている呼吸と言うものに真正面から向き合わず、常に何処かへふらふらと放浪してしまう。そんな彷徨い出た心を呼吸に再び呼び戻し意識を無にして集中するも、1分足らずでまた何処かへ行ってしまう。そんな苦闘を1日10時間、3日間ひたすら行った。特に変化は何も感じられず、足と腰の痛みと永遠と続くのではなかろうかという長い長い時間との闘いであった。唯一現れた変化と言えば、今まで全く見ることが無かったの夢というものを、次から次へと溢れんばかりに見るようになったくらいである。

3日が過ぎ、瞑想に入って行った。鼻のみに意識することは変わらず、今度は鼻に感じられる感覚を感じ取るという作業になった。入っては出ていく空気が鼻腔の壁面へぶつかってり、微かに鼻孔動くといった感覚が感じられた。心はその間いつでも彷徨い出、その戦いは相変わらず続いた。それをまた3日ほど続けた。特に何も変化は感じられず、続く苦行の様な行為に苦しみ、あぁもしかしたらこのままなにも得られず終わるのか…一体俺はこんな所で何をやっているのか…そんな思いが湧き起こってきた。

 日が経ち修業も後半を過ぎた頃、本格的な瞑想に入って行った。今までひたす鼻へ集中していた意識を、今度は頭のてっぺんから足のつま先まで全身に向け、隅から隅まで全身くまなく感覚を感じ取っていくのである。そして現れた感覚に反応せず、常に平静に観察し続けるのである。これは物事を全て変化し、やがては消えていくという真理を、実体験を通して感じることを目的としていた。いつか消えゆくものに対して固執する事や嫌悪感に怒り等を抱くことに何の意味も無いことを悟り、心を解放をするというのである。

初めは殆どの箇所で感覚など何も感じられなかった。しかし感じられないところに、逃げてゆく心を捕まえて根気よく意識を暫くおいておくと、少しずつではあるが何かしらの感覚が感じ取れるようになってきた。初めはピクピクとした感じが出始め、それが段々と強くなり、ビリビリと電気がほとばしるような感覚になっていった。瞑想を行ううちに感覚はどんどん鋭さを増し、意識を川の流れの様に全身に流し、全身にビリビリとした感覚を感じ始めた。何なんだこれは!!それは今まで体験したことの無い感覚であった。そして今まで体の表面だけに留めていた感覚を今度は身体の内部まで持って行くと、体の内部、余すところなく隅々まで感覚が感じられるようになった。体中に充満する電気の様な感覚、それはエネルギーの波長の様に思えてならなかった。これを使って色んなものに影響を及ぼせるのではないかと思えた。そんなある時、知人の重い病気が治る様に祈ってそのびりびりとした感覚を破裂する程目一杯貯め続けた。そしてそれを遠く離れた地に居るその人に届く様、頭の頂点から空に向けて一気に放出してみた。弾けた感覚はブワ――ッと一気に一直線に上へと飛び出していき、それは天井を突き抜けて宇宙まで行ってしまうような勢いで空へ高く高く昇っていった。やがて体中に充満していた感覚は出し尽くされてすっからかんになった。体の中は内臓も骨も肉も何もかも無くなり、心の中も空っぽになってしまった様な、とてつもない解放感に包まれた。張っていた背中の筋肉は消え失せ、体がこんにゃくの様になった。凄まじい程の柔らかさであった。このままどうなるのか抗わず自然の成り行きに任せてみることにした。体はぐにゃりと折れ曲がり、頭は下へ下へと垂れていった。このまま地面を突き抜けて地球内部を貫き、日本の裏側へ、ブラジルまで行けそうな気がした。その時、こつんと頭に何かが当たった。目を開けると、それは床だった。僕は地面を通り抜けることはなかったのである。しかし、感じたことの無い満足感と解放感、そして幸福感に包まれていた。

 感覚は針の様に鋭くなっていった。外へ出てみると、周りを取り囲む木々の色が鮮明に見え、鳥のさえずりに風のそよぐ音、地面を踏みしめた時の感触、肌に触れる朝露に濡れた草、1mほどの青大将を草むらで見つけ、不思議と逃げないでいる蛇と目と目を暫くの間合わせ、体に触れそのつるつるの感触を感じ取り、虫の死体を巣穴に運び込もうと懸命に働く蟻達に魅入り、目覚めたばかりで羽が朝露で濡れて動くことが出来ない羽虫達を発見し、口に含む一口の水の柔らかさに甘さ、ご飯を口にれた時に口内に染み入る温度と味…表現力に乏しい僕には言葉では表現出来ないが、生きている地球をジンジンと感じることが出来た。例えようも無い快感であった。

 修業は終わり、会話することが許され、皆破裂する風船の様に話し始めた。聞けば、寝ている時に幽体離脱の様な体験をした人、腹の中にエイリアンの様なものが居座ってそれを取り出すような感覚を覚えた人…面白い体験段を次から次へと聞けた。10日間も休みを取ってくる人…それは面白い人ばかり、いや全員強烈すぎた。

 修業を終えてみて想像以上の事が得られた。中でも一番は、当初まるっきり眼中になど無かった心の平穏であった。そして感覚が研ぎ澄まされた事である。この身に付けた感覚を使って自然を味方につけ、ユーコン大自然の中に思いっきり溶け込もう!!そこでは一体どんな体験をし、そして何を感じ何を考え何を思うのか…いよいよユーコンへの旅が楽しみになってきた!!!

 東北を旅をしている際に、各地で幾度となく様々な瞑想の話をする機会を得た。それらは全て、僕が瞑想を本格的にやってみようと思うきっかけへとつなげてくれた。本当に感謝している。特にヴィパッサナー瞑想という存在を教えてくれた奥会津に住む老沼さん、老沼さんへと導いてくれた議員さんの栗城さんに温泉の受付のお兄さん、そして奥会津へ行かず会津若松へ抜けようとしていた僕を奥会津へと招いてくれたマタギの猪俣さん、猪俣さんへと導いてくれた南会津のナオミさん…今回の旅で出会った人々皆に感謝しています。どうもありがとうございました!地球を感じ取るという素晴らしい感覚を得ることが出来ました。これからこの感覚をさらにさらに高めていきます。

 

※親に「瞑想してきた」と言うと…オーム真理教とかそういうのじゃないよね…?頭大丈夫?と言われた。

東北縦断の旅13日目 ~心配する警察~

 このブログを読んで下さっている方々から「まだ福島県に居るの?」とよく言われる。それは僕の完全なる怠惰が原因。更新を怠っていたからだ。ごめんなさい。しかしとうとう山形県へ抜ける時がやって来た。

 

  福島県・喜多方と山形県・米沢の間を隔てる様に聳える山々。そこの区間に30キロ程の峠道、大峠がある。この日の早朝、握り飯を3つ握り熱塩温泉を発った僕は米沢に向けて歩を進めていった。

  峠に歩道は無かった。無いというよりも、雪に埋もれていた。ブル(除雪車)が寄せた、背丈程の高さまである雪ですっかり埋もれてしまっていたのだ。車道にはトラックを始め乗用車が猛然と行き来していた。それでも車道を歩くしかなく、僕は車道の右端を歩いていった。前方から車の唸る音が聞こえると車の邪魔にならぬよう、そして引かれぬように、聳える雪壁にヤモリの様に張り付いた。車が行ってしまうと再び歩き出し、また車が来たら雪壁に張り付くといったことを繰り返しながら峠道を進んでいった。進むにつれて山はどんどん深くなっていった。幾つものトンネルを抜け、最後4キロもの長さのある大峠トンネルを越えて山形県に入っていった。

※人は居ないだろうなと思っていたが、居た。工事現場の人々

f:id:Yu-Ma:20170412100652j:plain山形県との県境

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~一軒の家~

 大峠トンネルを越えると道は下り坂に変わった。暫く歩くと前方右端、山裾の少し拓けた雪原に一軒の平屋が見えてきた。一体こんな所に誰が住んでいるんだろう…歩くにつれて近づいてくる家は、僕の中に渦巻くそんな思いをどんどん強めていった。その思いは抑えがたく、僕は家を訪ねてみることにした。戸を叩くと中から婆さんが出てきた。婆さんは僕の足先から頭まで見て、まるで野良犬を憐れむ様な顔で「どこから来たのよ、入ってちょっと休んできなさい」と言った。家に上がらせてもらい、茶を啜りながら話を交わした。

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「しお、しお…しおっていう漢字はどう書くんだっけ…?」婆さんが言った。

「海の…あのしょっぱいしおの事ですか?」

「そう、そうよ、そのしお!」

僕は小さな紙切れに“塩”と書くと、その後に婆さんは“地平”と書き加え「ここは塩地平と言うの」と地名を教えてくれた。

 昔、この近くには八谷鉱山があり、鉱山夫として働く人々が塩地平には住んでいた。大体20世帯ほどの集落だったという。しかし、詳しい理由は分からないが鉱山が閉鎖すると、働き口が無くなってしまった人々は皆、山を降りて町に移ってしまった。世帯数は激減し、今では婆さんの住む一世帯しか無くなってしまったのである。

「もうここは猿くらいしかいねぇんだ、猿が柿でも菜っ葉でも大根でも何でも持ってっちまうんだ、両腕に大根抱えて持って行く猿なんて見ていると可愛いいんだ」婆さんはゲラゲラと笑いながら言っていた。

これ以降人が住み着かない限り、あと数十年もしたらこの地は完全に自然に飲み込まれてしまうのだろう。

 「この先に小野川温泉があるから、そこで疲れを癒すといいわ!」

僕は小野川温泉に行くことにした。

 

~心配する警察~

 「君、君、ちょっと待って」

4時頃、ようやく峠を越えて町を歩いている時であった。僕は恰幅の良い警察に呼び止められた。

「君、なんですかその荷物は、家出でもしたんですか?」警察は疑い深そうに聞いてきた。

「違います。ただの旅ですよ。峠を越えてきて、足が痛くて痛くて、もうクタクタなんです。これから小野川温泉まで行って湯に浸かるんです」僕は答えた。

「え、一体どこから来たんですか?どこまで?」

警察はそれから職業、住所、年齢等々様々なことをネバネバと聞いてきた。そうしている間に刻々と時間は過ぎ、空は薄暗くなってきた。小野川温泉へ行くにはまだ一つ3キロ程の峠を越えなければならず、まだ5キロ以上離れていた。暗くなる前に着きたい僕は、長々と質問される内に段々と焦ってきた。

「で、なんで旅をしているんですかね?」

「好きなんですよ旅が!もう行っていいですか?もう暗くなっちゃうじゃないですか」

「はい、ごめんなさいね、まだ遠いんで小野川温泉まで乗せていきましょうか?」

僕は断り、ペースを上げて歩き始めた。足裏に出来た豆が潰れ、膝が悲鳴を上げていた。暫く歩くと、前方からパトカーがやって来た。パトカーは僕の横で停まり、ドアを開けて先ほどの警察が降りてきた。

「本当に家出ではないんですよね?」

「違います、本当に家出ではありません」

僕は再び歩き始めた。通りから外れて小道に入ると、後ろからパトカーがやってきて窓を降ろして、同じ警察が顔を出した。

「大丈夫ですか?迷ってませんよね?」

「平気です、ありがとうございます」

「近道を教えるんで、良かったら車のすぐ後に付いてきてください」

そう言ってパトカーはゆっくりと走り、町を抜ける坂道を下っていった。僕は追いかけた。しかし、荷物が重く足が痛くてパトカーの速度に付いていくことは困難であった。僕は諦めて、自分のペースで歩き始めた。パトカーは道の分岐点に止まって、傍に警察が立っていた。

「ここを左です、それでまっすぐ行くとT字路にぶつかります。それを右にずっとまっすぐ行って峠を越えれば小野川温泉ですよ」

「どうもありがとうございます!」

「本当に家出じゃないんですよね?」

「こんな大荷物背負い、北へ向かって家出する奴がいますか?家出という年齢でもありませんし、人を信じてください。お願いです」

 町を抜けた道は、だだっ広い雪原の中を走っていた。真っ直ぐ遠くにT字路が見える。右手に山が聳え、道はその山の中に続いていた。空はもう薄暗く、オレンジ色の夕日が雪原を照らしていた。歩いていると、向かいからパトカーが走ってきた。パトカーは僕の横で停まった。もう確認するまでも無く分かっていた。やはり同じ警察だった。

「ごめんなさいね、これでもう本当に最後です!!あのT字路を右です!」

警察の目に一体僕の姿がどう映ったのだろうか…こんなに心配してくれる警察に始めて会った。

薄暗い峠には民家は無く、車一台通らぬ不気味なものであった。

峠を越えるともう日はすっかり暮れて、辺りは真っ暗となっていた。広がる雪原のはるか先にオレンジ色の光が見える。あれが小野川温泉だろう。10時間以上歩き続け、疲労困憊でもうぶっ倒れそうであった。それでも温泉に入れるかと思うと、嬉しかった。

オレンジ色の光の群の中に、点滅する赤色の光が見えた。まさか、パトカー…?流石にもううんざりしていた。

歩いていくと、その光はパトカーではなく、鉄塔から灯っている光であった。先ほど疑いの念を抱いてしまった自分自身を叱り、あの警察に無事小野川温泉に着いたことを心の中で告げた。

 

2016年1月19日

この日の夜、僕はとてもスピリチャルな体験をした。

後半に続く。これから僕は森の中で修業してくるので、更新は23日以降となります。

 

東北縦断の旅12日目 ~農家風呂って何だろう?~

~夢の森~ 

武樋さんと別れてヒッチハイク等をし、西会津から4日ぶりに喜多の郷へと戻ってきた頃にはもう時は既に夕方の4時半を回っていた。野山の上に広がる空はオレンジ色に染まりかけている。行動をするのをもう止め、ここで前と同じように温泉に入ってテントを張っても良い。だが暗くなるまでまだ少しだけ時間が残されている。僕はもうちょっと北へ歩くことにした。数キロ北に“夢の森”という温泉施設があるのだ。そこは奥会津で知り合った女性に「“夢の森”って温泉があるんだけど、いい所よ!是非入ってきなさい!」とお勧めされた所である。名前を聞いた瞬間、森の中にある温泉なのかなぁ、などとメルヘンチックな想像が膨らみ、歩いている際にささやかな楽しみとなって僕の力になってくれたのだ。

 垂れ幕が下がる様に暗くなってゆく中、雪で凍り付いた田舎道を暫く歩いてゆくと“夢の森”はあった。太陽は完全に暮れ落ち、真っ暗であった。目を凝らして確認するが、周りにちょこちょこと木は生えているものの森ではない。民家が沢山立っているのだ。森の中にある温泉という想像はあっけなく崩れ落ちた。成程…それで名前がまさに“夢の森”だということなのか(勝手な想像)。少々がっかりした。

 浴場はかなり広く、人はまばらに居るだけでガラガラだ。体を軽く流し、早速露天風呂へ行こうとドアを開けた。途端に冷たい冷気が濡れた体を覆い、ささささみぃと無意識に悲鳴をあげ、逃げるように湯に浸かった。冷えた体を一瞬にして温かい湯が包み込んだ。最高だった。ふぅと息をついて周りをよく見てみると、暗がりの中、周りに木が沢山生えていた。それはまるで森の様で、先ほどの気落ちで傷ついた心はみるみるうちに回復していった。

天上の幸福感に浸りながら湯に浸かっていると傍にいたおじさんが、随分気持ち良さそうだな兄ちゃん、それに見ない顔だ。一体何処から来たんだ?と話しかけてきた。近くに住んでいるおじさんで、毎日の様に浸かりに来ているそうだ。これから北へ向かって歩いていくことを伝えると、おじさんが言った。

「この先の熱塩温泉って所にはな、農家風呂ってのがあるんだ、そこはい~温泉だぞ!是非入ってみたらいい」

農家風呂?なんだろう農家風呂って…農家の為の風呂なのかな…。おじさんの一言により、次の行先が決まった。この先の熱塩温泉・農家風呂である!

 

~

  この旅が始まる前に、地図で歩くであろう道をぼんやりと辿っている時だった。山形県との県境に聳える山の麓に“熱塩温泉”という文字があり、僕の目を止めた。珍しい名前もそうなのだが、何故だか分からぬが不思議とにわかに興味を抱いた。ここへ立ち寄ってみよう、そう思っていた。加えて“夢の森”でおじさんに言われた農家風呂、いよいよ熱塩温泉が楽しみになってきた!

翌朝、広がる透き通った青空に太陽が清々しく輝いていた。大峠を越えて山形県へ抜けるのに、今日程絶好な日は無いように思われた。しかし大峠越えは明日に延ばし、なにかと引き寄せられる熱塩温泉に僕は足先を向け、歩いていった。

 熱塩温泉は夢の森から近く、直ぐに着いてしまった。温泉街は小さな山のなだらかな斜面に立っていた。寒波の時に降った雪が集落全体を厚く覆っていた。中が薄暗く、やっているのかいないのか判断がつかぬ様な古びた商店が民家の間に立ち並び、人影の無いうら寂しい温泉街であった。ここのどこかに農家風呂があるんだな…人の気配の無い静まり返った細い道を歩いてゆく。

 ゆるいカーブを曲がり終えた時だった。少し先に婆さんが1人、シャベルを持って弱々しく大きな家の庭先に積もった雪を弄っていた。力がもう出ないのだろう、シャベルでかく雪の量は微々たるもので動きが恐ろしく緩い。雪の量は凄まじく、そのペースでかいていれば、4度ほど日が暮れてしまいそうだ。これは困っているにちがいねぇ…直ぐに婆さんの傍に行って、雪かきしますよとシャベルを受け取った。婆さんは突然現れた男に、ぶったまげて立ちすくしていた。

「あなたは、自衛隊の方?」婆さんが聞いていきた。

「いや、ただ旅しているものです」

「一時間、いくらなのかしら…?」恐る恐る聞いてきた。

「いやいや、いらないです金は!好きでやっているんで、いい運動ですよ」

「まぁ、そんな人が今の世の中に居るんかい!!行政に今すぐ連絡してやらなきゃ!」婆さんは驚いた顔で言った。

「そんな事より、農家風呂ってのがあるって聞いてきたんですけど、何処にありますか?」一旦手を止め、額に滲んだ汗をぬぐいながら聞いた。

「農家…風呂…?さぁ、なんだいそりゃ?」婆さんは首を傾げていった。

瞬間、脳裏に垂れこめてきた薄暗い不安の雲の中に、昨日のおじさんの顔が浮かび上がってきた。

「農家風呂ですよ?ここの温泉街にあるって聞いたんです!」

「さぁ、聞いたことがないねぇ農家風呂なんて…ごめんなさいねぇ」

「そうですか…僕の勘違いだったみたいですね」

地元の人が知らないのでは話にならない。がっかりだった。おじさんのすっとぼけた顔がゆらゆらと揺れていた。

その時婆さんが閃いた。

「もしかしたら…その農家風呂っていうのは、この先の共同浴場の事じゃないかしらねぇ?」

 僕は馬車馬の如く雪をかきまくった。気がつけば2時間程たち、昼がもう既に過ぎていた。

「本当に助かったわあなた!春が来たみたいに綺麗になって!昼ごはんでも食べていきなさい!」僕は婆さんに家に招かれた。

家の中にはもう一人婆さんが居た。それは姉で、姉妹で2人暮らしだった。出前のラーメンを頂いた。面を啜り、茶を飲みながら2人には実に沢山の話を聞かせてもらった。

 

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 夕方、僕は婆さんに連れられて共同浴場へ向かった。聞いた話によると、その共同浴場の管理は今9世帯で管理しているそうだ。朝夜の鍵の開閉と浴槽掃除を一週間交代で回している。話しながら婆さんは苦しそうな顔をして言うのだ。「もう若い人が1人もいなくてねぇ、皆爺婆でな、雪が降った日なんてまぁえらいもんよ。腰の高さ位まで降るんだから。えらい時間をかけてバーさんじーさん達が雪をかきわけて温泉まで行くの。一番の高齢者は93歳よ、しかも坂の一番下に住んでいるもんだから…」

 小屋の様な建物にある小さな浴場だった。高齢化して廃れ果てた集落の人々の苦労が滲んだ湯。浸かっていると、猛然と降る雪の中、ザッ…ザッ…ザッ…と足音を立てながら鍵を開けに来る婆さんたちの姿が浮かび上がってきた。気安く入れぬ、心に浸透するなんとも熱い温泉であった。

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「今どこに居るの?」夜、母親から電話がかかってきた。

熱塩温泉っていう所」

熱塩温泉?そこ私達が新婚旅行で行ったところだよ!」

まだ僕が親父の体内にいる時に、親が愛を育んだ所だった。地図を眺めている時に、妙に惹きつけられたのもこれに関係があるのかもしれない。

 

2016年1月18日

東北縦断の旅11日目 ~山形へ抜けるのはまたまた先延ばし!西会津で暮らす武樋さんに会いに~

 2週間ほど前のこと、僕が所属する三峰山岳会の友達に「ハッチ―これ読んでみなよ!」とお勧めされて、今、少しずつ読んでいる本がある。

本の名は・・・・”猟師の肉は腐らない”

 茨木、福島県の県境に聳える標高1000m程の八溝山。その山の中で、狩りをし、虫を山菜を食べ、自然と共に1人で暮らしている男がいる。著者がその山男(義っしゃん)を訪ね、共に過ごした数日間の貴重な体験を書いた本である。

昨日、読みかけていたページを開き、続きを読んでいた際にある箇所に目がぶっ刺さった。

数日前に書いた記事、薪風呂に関係があったからだ。

 

『風呂というものは本来、体を温めたり洗って清潔にするだけのものではない。現代の多くの人は知らないだろうが、昔の村里の生活に於いては、毎日のように風呂を焚くことなど滅多になく、客が来た時に立てたり、隣近所や縁故者が互いに呼びつ呼ばれつして利用することがほとんどであった。これを「呼び風呂」あるいは「もらい風呂」と言ったが、互いの絆や親睦、さらには農作業や身近な情報交換の場になっていたのである。今はそんな風習も無くなり、多くの人は密封された空間の中で、湯船にゆったりと浸かっているのであるが、この八溝の山中で義っしゃんから「もらい風呂」を馳走してもらった俺は、そこに風呂の持つ本来の姿や形がなんとなく宿っているような気がした。』(猟師の肉は腐らないから引用)

 

これを読んで成程な・・・・と僕は思った。

今まで知らなかったが、風呂には昔から深い意味があったのである。

化石燃料にしろ木にしろ、長い年月をかけて少しずつ地球が作り上げた偉大な資源を燃やし、わざわざ水を沸かして入る風呂。

たかが桶一杯のお湯でも、深く見れば数多くの生き物の犠牲の上で出来ているのだ。

そんな風呂は本来、温めるとか綺麗にする等そんな軽い理由だけで使うものではないのである。

 

~山を下りる。歩く意味~

 雪が薄く積もった山道は、コチコチに凍っていた。気を抜けば簡単に滑ってしまう。

僕は慎重に坂道を下って行った。

緩やかなカーブを曲がると、20m程離れた道路の先に一台のブル(除雪車)が轟音を響かせながら道に積もった雪をかいていた。ミラー越しに僕の姿が見えたのだろう、ブルのエンジンがピタリと止まり、ドアが開いた。おじさんが顔を出してこちらに振り向いた。おじさんは出した顔を動かさず、ゆっくり歩く僕をじっと見ている。先ほど、ひでじいの家で別れたばかりの、宮古の区長さんだ。

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おじさんは微動だにせず微笑みもせず、真顔でじっと見つめてくる。僕もおじさんの顔を見つめながら歩を進めていった。ブルの真横へたどり着いたとき、おじさんが笑いながら口を開いた。

「おう、お前、本当に歩くのか!がんばるんだぞ!!!」

おじさんの脇から運転していた若い男が身を乗り出し、そして叫んだ。

「おい、死ぬんじゃねぇぞ!!またこいな!」

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 彼らは昨日と今日、ひでじいの家までブルで除雪しに来た、宮古に住む男達だ。ひでじいに「休んでけ」と家に招かれ、一緒に語りながら茶を飲んだのだ。

 ブルの横を通り過ぎると、ブルはバカでかいクラクションを3度鳴らし、歩き去る僕を見送ってくれた。なんと清々しく、気持ちの良いことだろう。おじさんたちの激励と雲間から差し込む温かい陽光とが相まって、心が温まった。

 1時間ほど歩いて山道を降りると、道はT字路にぶつかった。右に曲がり、曲がりくねる山道を歩いてゆく。晴れていた空はすっかり雲が覆い、ちらちらと雪が舞ってきた。一台の車が後ろから走ってきて僕の横で止まった。

「この雪の中、どこに歩いて行くんだ?」男が窓を開けて言った。

「山都まで歩くんです」

「山都~?まだまだ遠いぞ?乗れ!山都まで乗せてってやるから」

「ありがとうございます!でも、僕は歩きますんで・・・・」

「そうか、気を付けてな!」

そう言って雪煙を舞い上がらせながら、車は去っていった。

雪は段々とその強さを増していった。道は狭く、両脇に雪を被った木々が迫っている。

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小さな集落を幾つか抜け、尚も道は続いている。歩くにつれて喉が渇いてきた。

水筒の水はもうとっくに無い。

周りに民家はなく、山間を雪を被った道が淡々と続いている。

喉がからからだ。唾液は干からび、口が粘ついてきた。

雪を口に入れて溶かして飲めば、多少なり渇きを潤すことが出来るだろう。

しかし、そうはしない。あと30分も歩けば、恐らく山都の町へたどり着き、新鮮な水をたらふく飲めるであろう。それはきっと最高に美味しい水に違いない。

 しかし、我慢するにつれて喉の渇きは一層激しくなっていった。頭の中が水で一杯になった。今すぐに水を飲みたい。水筒に少しでも水を残しておけば、そこに雪を継ぎ足して溶かし、水を作ることが出来たはずだ。何故水筒の水を全て飲んでしまったのか・・・後悔した。それは、少し歩けば直ぐに町に辿り着くだろうという安易な気持ちが招いた結果だった。

 雪が美味しそうだ・・・、ザックを降ろして荷を解き、ストーブで火を焚いて飯盒で水を作ろうか・・・、いや雪の降るこの寒い中、何十分と要するそんな事をわざわざしたくない。だが水が今すぐに飲みたい・・・。水水水・・・水の事ばかりを考えてとぼとぼと歩いていると、耳に微かに水の流れる音が聞こえてきた。最初は微々たる音であったのだが、歩くにつれて音は大きくジャバジャバと鮮明に聞こえるようになっていった。次第に大きくなる音につられて、干からびていた気持ちが潤ってきた。

水がある!近くに水が流れている!それも勢いよくだ!歩く足に力が入った。

水はあった。道の脇、雪を被った斜面に雪を溶かして穴をあけ、小さな滝となって水が勢いよく流れ落ちていた。

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 僕はザックを勢いよく降ろして滝に近づき、流れ落ちる水柱に口を突っ込んだ。冷たい水が口に入り、渇いた口内を一瞬で潤して喉を通り、やがて腹に落ちていった。息が苦しくなってきた。いったん水柱から口を離し、一息ついた。はぁはぁと少し呼吸が乱れている。体中の干からびた細胞が歓喜の声をあげた。美味い、なんという美味さであろうか!まだまだ喉が渇いている、もっと飲みたい!!

 再び口を水柱の中に戻した。呼吸は止まり、水がどくどくと体の中に流れこんでくる。そして新鮮な生の水は、僕の想像に火を点けた。

 今飲んだ水・・・地を流れていくはずだった水の旅を、今飲んでいることで僕が終わらせてしまったんだ。水は旅をしていた。広大な地球を巡る、果てしの無い旅を。僕が今ここに現れなければ、水は地球を巡る旅を続けられていたことだろう。水は地に落ちて川にゆき、あるいは地に深く深く浸透して地下水脈を通り、色んな地を、僕ら人間では決して経験出来ない壮大な旅をして、やがては海に帰っていったことだろう。そんな水の旅を僕が終わらせてしまったんだ。

 そんな想像をしている間に息が苦しくなってきた。再び口を離して呼吸を整える。だいぶ渇きは治まったが、まだ完全とは言えない。あと少しだけ飲みたい。そんな小さな欲に駆られて、口を水の中に戻した。再び水が勢いよく体内に流れ込んでいった。

 流れ落ちる滝の中に、突如現れた僕の渇いた口。水は本来行くべきだった流れの向きを変えて、小さな僕の体に流れていった。水の壮大な旅は突如規模を縮めた。広大な地を巡る旅から、僕の体内を巡る、小さな旅へと。水は体の隅々まで行き渡り、やがて汗となり尿となり、僕の体を出て、再び海へと続く壮大な旅に出るであろう。僕は水の旅を終わらせたわけでなかった。水は少しの間、地を離れて僕の体に入り、寄り道をしただけなのである。

水が汗となって蒸発し、再び楽しいであろう地を巡る旅へと出られるように・・・今飲んでいる水の為にも歩かなくては!

そう思ううちになんだか凄まじいエネルギーが体の奥底からふつふつと沸いてきた。何だこれ!?

 僕は口を離して、手で濡れた口元をぐっと拭った。もう十分だった。腹は満腹、そして心も不思議な幸福感に満たされていた。あの時、おじさんに言われるがままに車に乗っていたら、水を発見した時の、そして飲んで生まれたこの喜びは決して味わえなかっただろう。車に乗っていたら、恐ろしい速さで道をすっ飛ばし、脇道に静かに流れるこの地味な沢も発見できなかったはずだ。喉も乾かなかっただろう。自らの足で歩き、そして喉を体を干からびさせることによって感覚を研ぎ澄ませた。そして苦しんだ末、現れた新鮮な沢!見つけた時の感動と喜び、渇いた体を潤したときの満足感、これを味わえることにこそ、じっくり歩く意味があるのである!

 僕はザックから水筒を取り出して、生き生きとした水を並々と注ぎ入れた。この水は昔からこの地の多くの人々に、喜びを与えたのであろう。

 

 

~山形行きは先送り~

 14時過ぎ、山都の町へたどり着いた。

ひでじいを紹介してくれた秋庭さんにお礼を言おうと、”茶房 千”の扉を潜った。

店内は、薄暗い。木の壁や柱、机などがランプのオレンジ色の光に照らされている。

「あら、おかえり!!ひでじいの所から帰ってきたの!で、どうだった??」秋庭さんが豆乳の甘酒を片手に持ってきた。

「寒波は過ぎたみたいで、僕はこれからヒッチハイク喜多方市内、喜多の郷へと戻って、明日大峠を越えて山形に入ろうかと思います!本当に、ありがとうございました!」僕は言った。

「そうなんだ!丁度いい、だったら喜多方市内まで送ってってあげるよ!今丁度、ビールを買いに喜多方へ行くところだったから」秋庭さんは言った。僕は再び世話になることになった。

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 喜多方市内へ行く車中の中で、秋庭さんは山都の事を語ってくれた。

山都に移り住んでまだ間もないころの事だった。秋庭さんは夕方家に帰った。すると可笑しなことに、閉めたはずの玄関の鍵が開いている。まさか・・・・泥棒??恐くなって恐る恐る家の中に入っていった。居間の電気が点いており、テレビの音が聞こえてくる。え???何?誰かいるの??そう思って、覗くと、なんとそこには大家のおじさんが居るではないか。秋庭さんに気が付いたおじさんは言った。「おう!なんだ帰ったか!鍵閉まっちゃってたよ!!」と。

 「ここ山都に移住してくる人は結構多いのよ!何故だか分かる??人よ、人!人がとにかく面白いの!!ひでじいみたいに、癖がある人が沢山いるの!それがおもしれぇって言って若い人が結構移住してくるのよ。でも、今の大家のおじさんの話みたいに、ずかずかと人の領域に自然と当然のように入ってくるから、それが許容できる人じゃないとここには住むのは難しいかもしれないね。で、ひでじいは元気だった?」

僕はひでじいの家で苦労して作ったそばの話を聞かせた。秋庭さんは大爆笑した。

「ははは、そうなんだ!よかったわ、期待以上のことをしてくれたわね!まだ面白い人が沢山いるのよ、例えば・・・西会津の方に武樋さんていう人が住んでてね、その人の生き方が凄くて、弟子が何人かいるのよ!八須君も弟子になったら面白い、あぁ時間に余裕があったら、ぜひ武樋さんに会って欲しかったなぁ・・・」

僕の気持ちは武樋さんという人に一気に向いてしまった。会ってみたい!時間に余裕?そんなものいくらでも作れる!明日、山形へ抜けるのは止めだ!!

それを聞いて秋庭さんはひでじいに電話した時の様に、早速武樋さんに電話を掛けてくれた。OKだった。

 喜多方のスーパーで、ビールやら食材やらを買い、再び”茶房 千”に戻ってきた。

「武樋さん、どうせろくな物食べてないだろうからさ、今からおでんを作ってあげるの。大食いでね、以前、6合を一回で食べちゃったことがあるの。信じられる?6合よ、6合。じゃあ、私おでん作るから、店の前の雪をかいててほしいな!」そう言って秋庭さんはキッチンでおでんを作り、僕は雪をかいた。6合を食べちゃう人か・・・・僕の頭の中で武樋さんの想像が段々と凄まじくなっていく。

 外はもう薄暗く、空気がキンと冷え切っていた。雪はすっかり止んでいた。街灯がうら寂しそうに照っている。両側真っすぐに伸びる道路沿いに建つ家々には、電気が点いていないものが多い。空家が多いのだろう。町は暗く静まり返っていた。人が時々寒そうに身を縮めながら通り過ぎていった。雪をかいていた僕は暑かった。

 その時だった。ガガガガッと音がしたかと思うと突然、頭にぶん殴られたような物凄い衝撃が走り、首の骨がググッと前に持っていかれそうになった。”茶房 千”の屋根からの落雪だった。幸い、屋根が低かったので、助かった。

 七時頃、店のドアが開き、丸い眼鏡をかけ、体が大木の様にがっしりと太く、身長の大きな大柄な男性が入ってきた。武樋さんだった。

 大鍋に入ったおでんとご飯の入った炊飯器を渡され、僕は武樋さんの車に乗っかった。住んでいるところは山都から西へ10数キロ離れた西会津。道は山に差し掛かり、いくつもの曲がり角を曲がって真っ暗な峠を越えていった。

「ご飯を6合食べたって聞いたんですけど、本当ですか?」僕は尋ねた。

「あぁ、前ね。何も気にせずモリモリ食べてたんだ、そしたらさ『ねぇ、武樋さん、米6合焚いたんだけど・・・無くなっちゃったよ』って言われてね、知らないうちに食べちゃってたんだ」武樋さんは言った。

 40分ほど走った後、大きな倉庫の前に辿り着いた。三神峰商会と書かれた木の札が入口に掛かっている。もう使われなくなった町一番だった酒蔵を再利用し、車などの修理工場として使っていた。

「おしっ〇は、ここの缶の中にね。これは僕が作った濾過装置なんだ」と雪の中においてある、砂や石?何かが詰められた缶を指さして言った。早速そこへおしっ〇を入れると、じょぼじょぼと音を立てて缶の中に消えていった。濾過されたようだ。

 武樋さんは大学の助教授をしていたころ、福島県郡山市のアパートで暮らしていた。そのアパートに住み始めて間もなく、不備に気が付いた。キッチンのガスコンロが使えないのである。ガスが故障していたのである。しかし故障していてガスが使えないのにも関わらず、ガス会社からガスの基本料金を請求された。それに納得が出来ず「故障して使えないのに請求されるとは、どういうことだ!!」と支払いを断った。それからだった。武樋さんはガスが使えないのなら、ガスや電気を使わない生活をしてみようと思った。しちりんで火を焚き、ろうそくを照明につかって生活を始めた。そして自分の生き方や社会の仕組み等に疑問を持ち、田舎に引っ越して来たそうだ。

詳細は新聞記事で!

 

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 こんな人間は今まであったことが無い・・・・武樋さんは初めて出会った、変わった凄まじいエネルギーの持ち主であった。

 僕らはおでんを囲んで食べながら、2時近くまで語った。

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「そこの部屋使っていいから!」と案内された小屋の中で、僕は寝袋にくるまって眠った。朝、シャッターを誰かが叩く音で目覚めた。シャッターを開けるとおじさんがたっっていた

「軽トラが壊れちまってよ、見てくれないか」

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 この奥川という集落には車や農機具の修理場が無く、武樋さんは地域住民の多大な力になっていた。今研究してることは、太陽エネルギーで風呂を沸かすことだそうだ。数年後、僕が田舎に住むようになった時、色んな事を教えてもらおうと思う。

 

2017年1月16日

 

東北縦断の旅10日目 ~初めての薪風呂~

 午後3時過ぎ、昼寝から目覚めたひでじいが言った。

「よし、折角だから今日は風呂に入ろう。1週間ぶりの風呂だ!うちは昔から薪風呂なんだ。八須さん、薪風呂に入ったことはあるか?」

そう言われて僕は、乏しい今までの記憶を漁ってみた。

いつのことだが・・・・北海道の夜の森の中で、小川の音を聞きながら薪風呂に入っている情景がぼんやりと浮かんできた。

でもこの記憶は確かではなく、凄く曖昧だ。(後日親に聞いてみたら、北海道では温泉ばかり入っていて薪風呂に入ったことは無いそうだ。一体この記憶とも分からぬものは何なのだろうか・・・僕の母型の爺さんは北海道生まれなので、先祖の記憶なのかもしれない)

「薪風呂・・・いや、無いです」僕は答えた。

「そうか、じゃあきっと気に入るぞ!今から薪焚きだ」

そうして僕らはかんじきを履き、戸を開けて雪の降る外へと出た。

 ひでじいの敷地内には建物が3つあり、冬の間は、2年前まで蕎麦屋を営んでいた少し新しい木造の建物で生活している。

そこから20m程離れた場所に茅葺屋根の建物があり、そこは風呂を入る時にだけ使用していた。

 積もっている雪の量がとにかく多いため、その20mを行くのにも一苦労である。

「ワシは歩くの遅いから先に行っててくれ」ひでじいにそう言われて僕はかんじきで雪を踏み固めながら風呂があるという古い建物へ歩いてゆき、くたびれた戸をガラガラと開けて中に入った。中は暗くしんと静まり返っていて、とても寒い。この家だけ何十年も時が止まったかのような古く、掃除が行き届いていないのだろう、荒れていた。

暫くすると、ひでじいも入ってきて薪を焚く準備に入った。

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 薪小屋から一束薪を持ってきて、マッチを擦ってかまに火を焚きつけた。

みるみると火は燃えあがり、白い煙がもうもうと溢れ出てきた。

部屋の中はあっという間に煙で満たされた。

家全体に染み渡る心地よい木香が鼻をついてきて、自然と心が落ち着いてくる。

「40分位したら40℃位になるだろうから、それまでゆっくり待とう」ひでじいはそう言ってこたつに入り、テレビをつけて相撲を見始めた。

「あぁ~〇〇負けたぁっ!!」「勝ったぁ!!」などとテレビを見て興奮している。

しかし僕には全く分からない。

相撲に、いやテレビに興味が沸かず、見ていてウズウズともどかしくなってきた。

相撲よりも、この茅葺の家が一体どうなっているのか気になった。

「この家気になるんで、探検してきてもいいですかね?」僕は尋ねた。

「あぁ、前来た孫も探検探検って言って家じゅうを真っ黒になって走り回ってたぞ。すすが凄いからスリッパでも履いて行ったらいい、もしかしたら何か面白いもんが見つかるかもしれんな!」

 僕はスリッパを履き、暗い階段をギシリッ、ギシリッと音を立てて上がっていった。

2階は1階以上に荒れ果てていた。床は茅(かや)で埋め尽くされ、破れた障子戸が壁にもたれかかり、使い古された椅子や樽などが置き捨てられている。昔、蚕を育てていたのだろう、柱に蚕の干からびた死体が引っ付いている。まるで廃墟内を探検しているようで、心が踊った。

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※探検の戦利品。未開封のカルピスと焼酎。ひでじいは「でかした!!!今日はこれで乾杯だ!と喜んだ。 

 

 「お~ぃ、い~湯加減だぞ~」そんな声が聞こえてきた。湯が沸いたのだ。

桶の蓋を開けると、透明な湯からゆらゆらと優しく湯気が立ちのぼっていた。

外は吹雪いており、隙間風が寒く、ガタガタと戸が軋む音が聞こえる。

こいつが薪風呂か!生涯初めての薪風呂だ。

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「何分でもゆっくりと浸かるといい、熱くなったらここから水を足してくれ」ひでじいが言った。

窯で燃える木の香りがふんわりと漂うなか、湯につかった。温かい湯が一瞬にして全身を包み込み、例えがたい幸福感に満たされた。同時にいろんな想像が頭の中を駆け巡った。

 

 ある日、木から種が地に落ちた。

その種は水を吸い上げて芽を開き、周りの幾数もの草木と競い合って天に身を伸ばしていった。

この雪深い山奥で時に暴風雨に晒され、雪に埋もれ、猛暑に苦しみ、そして色んな生き物の拠り所となって何年、何十年と長い歳月を費やして育った木。

木、一本一本にしろ壮大なドラマがあったのであろう。

 過酷な自然の中で育ったそんな木々が湯を沸かすために、一瞬にして燃やされてしまう。それもたかだか体を温めるため?疲れを癒すため?そんな僕の利己的な理由などのためにだ。そんな使い方をして、命を懸けて育ってきた木の魂がどうして報われるだろうか・・・。この地で自然と共に生きて来なかった、ひょこっと現れた僕にそんな権利などあるのだろうか。

 燃える木の香りを嗅ぎ、底の方からじんわりと暖まっていく湯に浸かりながら、色んな思いが込み上げてきた。

普段、家で入っていたガス風呂ではこんな想像をしたことが無かった。

そんな木々に報いるために、この湯を堪能しよう!!この湯の温かみは燃える木の命だ!!木々よありがとう。

僕は体の隅々まで湯のぬくもりが行き届くように、存分に浸かった。気が付くとあまりの気持ちよさにウトウトと眠ってしまっていた。

 心行くまで旅をし、将来はどこか大自然の中に身を置いて、自然と共に暮らそう。そう思った。

 

 

 翌朝、まだ夜が明けきらない外を見てみると、雪は降っているものの大分弱まっている。

「まだ、ゆっくりしていてもいいぞ」ひでじいが言った。

しかし、歩かなくて、僕は北へ行かなければならない。

昨日入った薪風呂もそうであったし、まだまだ僕には知らないことが多すぎる。

未知の地を歩き、知らないことを知って、見聞を広げなくてはならない。

僕はひでじいにお別れすることにした。

面識もない僕に本当に良くしてくれ、ありがとう。

この次の夏は北米に行ってしまうので、また次の夏、恩返しに大変だという畑仕事を手伝いに行こうと思う。

 

 10時、雲間から青空が覗き、眩しい太陽が顔を出した。

それは久しぶりに見る太陽だった。

明日明後日で天気が回復しそうなので、大峠を越えて山形へ入れるかもしれない。

僕はひでじいに別れの挨拶をして、家を出た。

来た時と同じように窓から顔を出している。「またいつでも来なさい!」と。

山奥で1人で暮らすひでじい、この家でひでじいと共に過ごして得たことはとても大きかった。

東北縦断9日~10日目 ~宮古の山奥で一人で暮らす”ひでじい”に会いに~

 こたつに入って酒を飲みながら浅見さんと僕は、眠くなるまでの数時間大いに語った。

いくつかの話題の中で特に僕の心を引き付けたのが、守人の話であった。

 

 今はもうないのだが・・・浅見さんの住む早稲谷という集落から、うんと離れた山のその稜線上に、数年前まで家が一軒建っていた。そこの家には4人の親子夫婦が暮らしていた。

 雪が降る、寒いある冬の夜のことであった。その家が火事になった。

火に気が付いた子夫婦は慌てて家を飛び出した。しかし年をとった親夫婦は逃げ遅れ、家に取り残されてしまった。冷たい雪が舞う夜に、火は衰えることなくますますその強さを増していった。先に逃げた子夫婦の旦那は、親を助けるために燃え盛る火の中に戻って行った。妻は集落の人々の助けを求めに、山を降りた。だが腰の高さほどある深い雪が行く手を阻み、中々進めない。それでも何とか集落に辿り着いた。村人は事情を聞いて直ぐに消防隊を結し、山道を登って燃える家に向かっていった。雪は深く、消防車は中々進めない。皆で雪をかき分ける。悪戦苦闘の末、何とか家に辿り着くも、時すでに遅し。家はもう既に全焼してしまっていた。浅見さんは聞いた。「なんで人里離れたあんな不便な所に、家があるのだ」と。村人は言った。昔、あの家の屋根裏を見せてもらった時に、そこには弓矢や槍が沢山隠してあったんだ・・・あの家族は、守人の末裔だったんじゃないか。人里離れた不便な場所、見晴らしの良い山の稜線上に建っていたのも、そこが敵の襲撃を阻止する適地だったからであろうか。

 

 夜もすっかり更けた頃、浅見さんはこたつに入ったままグーグー眠ってしまった。

僕は電気を消し、こたつに半身を入れ、座布団を枕代わりにして横たわった。

時間は12時を過ぎていた。今日はもう除雪車の轟音に妨げらることなく寝れるだろう。

僕は目を閉じて、幸せに溢れた世界に旅立とうした。

その時だった。今まで静かにしていた2匹の猫達が、まるでこの時を待ってましたと言わんばかりに、暗闇の中ガサゴソと動き回り始めた。

2日前にこの家に来たばかりの子猫の目には、何もかもが新鮮に映ったのであろう。

好奇心と冒険心に富む子猫は、寝不足で苦しむ僕のことなど気に留めることなく部屋中をやたらめったら駆け巡った。もう一匹の猫も子猫に共鳴してか、走り回った。

居間の小さな限られた空間は、彼らの燃え滾る興奮を鎮めるのには少々狭すぎるのかもしれない。彼らは何度も棚の上から果敢にジャンプし、そのたびに乗っていた書類や物がバサバサバサーと雪崩落ちた。畳に爪をひっかけてカサカサカサッと音をたてて走っては突然止まり、空き段ボールの中に飛び込んだりした。

彼らは鎮まることなく、ひたすら走り回った。

こうして猫達の発する音にやられてしまい、結局この日僕は一睡もできなった。

猫の暴れる音などで寝れぬとはなんと神経質な体質なのだろうか・・・

 

 早朝3時過ぎ、浅見さんと僕は起床して暗い夜道を山都駅へ車で向かった。

雪が猛然と降っていた。暗いうえに吹き荒れる雪で、視界が非常に悪い。

間もなく僕は猛烈な眠気により、意識が半分ぶっ飛んだ。

隣で運転する浅見さんが時折話しかけてくるのだが、それを聞き取ってなんといっているのか判断することが出来ず、僕は全く見当違いの訳分からぬ返答をしていたことと思う。

駅のホームには雪が厚く降り積もっていた。

僕らの他に2人の男性が加わり、まだ暗い夜明け前の凍てつくさ寒さの中、雪かきをした。

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終わると、車に乗り込み、隣の荻野駅へ移動して雪をかく。

再び山都駅へ戻ると、かいたはずの雪が高く積もっていた。そしてまた雪をかく。

これまでの道中、沢山の方々に親切にしてもらったので、この雪かきは福島県への恩返しであった。

 

 昼過ぎ、浅見さんと空っぽの胃袋を腹に抱え、茶房”千”の扉を潜った。

秋庭さんが自家製手打ちうどん”カレーうむどん”をご馳走してくれた。

うむどんを食べながら、秋庭さんと浅見さんは、ここから10キロ程離れた山間に宮古という部落があり、そこで暮らしているある爺さんの話を聞かせてくれた。

その爺さんは”ひでじい”と呼ばれ、人里離れた山奥に1人で住んでいるのだそうだ。

物知りで癖のある面白い爺さんで、会って話をすればきっと貴重な話を沢山してくれるよ、と、そう言うのだ。

それを聞いて僕の気持ちは”山奥に1人で暮らす、ひでじい”に向いてしまった。

「会いたい?それじゃあ電話してみるね!」秋庭さんはそう言って、ひでじいに電話した。

 

 浅見さんの車に乗せられて、僕は茶房”千”を去った。雪は猛然と降り続けていた。町を抜けて山へと通じる道へ入ると、民家は直ぐに消えていった。小高い山に囲まれた雪道を暫く走ると、古民家が幾つか立ち並ぶ小さな集落・宮古が現れ、そこからさらに山の上へと通じる道を走っていく。雪が道路を厚く覆っていた。積もった雪に阻まれて、今にも車が動かなくなってしまいそうだ。

「これは早く帰らないと、帰れなくなるな」浅見さんが体を前方に屈め、注意深く前に目を凝らしながら言った。雪蹴散らしながら暫く走ると、山の中腹に積もり続けた深い雪に半ば埋もれて、家がポツポツと3件ほど現れた。道路に面した家の窓から爺さんが顔を覗かせていた。

「よく来た!さぁ入れ入れ!!」

家の中は暗く、居間に入ると、茶菓子や菓子袋・箱、ジュースに缶コーヒー等雑多なもので溢れかえっているテーブルの前にひでじいがいた。

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顔には大きな青黒いあざが付いていた。

「えっひでじい、その顔のあざは?」浅見さんが言った。

「階段で転んで打っちゃったんだよ」ひでじいはあざを擦りながら言った。

外の吹き荒れる雪は止む気配を全く見せず、どんどん降り積もっていた。

暫く3人で話した後、浅見さんは「じゃ、またな!」と僕に言って帰っていった。

家には僕とひでじいの2人になった。

急に静まり返り、僕はあたりを見渡して壁に掛かっている時計を眺めた。

壊れているのか、針は7時を刺している。

「あぁ、あの時計は9時間遅れてるのよ、だから今は4時くらいじゃないかね」ひでじいが言った。「秒針の動きをちょっと見てみな」

そう言われて僕は秒針を見た。

針はチクチクチクとぎこちなく少しずつ上昇していき、12を回って1を越えた瞬間、ストンッと一気に6まで落ちていった。

「ほら見たか今の!!?ほんと、どうしようもない時計だ、もう何年もあの状態なのよ」ひでじいが声をあげて笑った。

秒針は6から動かず、チッチッチッと小刻みに震え、暫くすると再び上昇を始めた。

9時間遅れている時計を初めて見た。

 

 ひでじいは、本当に山の中で一人で暮らしていた。

冬になれば雪が深く積もり、外に出ることは出来なくなる。

そうなれば家の中でじっとしているしかない。

奥さんは他界し、話し相手もいなければ猫や犬もいない。

そんな中に突然現れた流れ弾の様な僕に、ひでじいは言った。

「まだまだこれから旅は長いんだろう。ここで疲れを全部とって行きなさい、好きなだけいてもいいから」と。

 

 この日9時ごろ眠りにつき、3日ぶりの十分な睡眠をとることが出来、体力も回復した。

翌朝6時半ごろに起床した。ひでじいは言った。「もう起きたのかい!?まだ寝てなさい」と。

しかし昔からどうしても遅くまで寝ていられない体質で、一度起きてしまったからには再び眠ることなど出来やしない。

 ひでじいと一緒に家の周りの雪をかいた。

雪は止むことなく、嵐の様に吹雪いていた。

「酷い天気だ。この雪じゃ駄目だ、出発出来んな、今日もここで寝ていけ」ひでじいにそう言われてもう一泊させてもらうことにした。

宮古の地は標高が高いため、米作に向いてない。

そのため昔から人々は米の代わりに蕎麦を作って食べていた。

そんなこともあり、宮古の集落の家はほとんどが蕎麦屋を営んでいる。

90歳を越え、体が思うように動かなくなってしまった今ではもうやっていないのだが、ひでじいも2年前まで蕎麦屋を営んでいた。

そんなひでじいが言った。「古いそば粉があるんだが、蕎麦食わんか?」

古いそば粉?どんなそば粉なんだろうか、古いそば粉とは・・・。それに現在は引退し、今ではもう食べられないひでじいの蕎麦を僕は食べてみたくなった。

「食べます!!」僕は言った。

 

 ”苦労の蕎麦”

「よし、それじゃあ打ってやる!!久しぶりの蕎麦打ちだ!」そう言ってひでじいは居間を出て、曲がった腰で調理場へとヨタヨタと歩いて行った。僕はその後に続き、どのように蕎麦が出来るのか見ることにした。

「何処だ何処だ、どこにしまったかな・・・」ひでじいはそう呟きながら冷蔵庫の中をガサガサとあさり、そば粉が入ったビニール袋を奥の方から取り出した。

それを床に置いた大きなこね鉢にあけて、ヤカンからボジョジョジョジョ・・・・と熱湯を注ぎ入れた。そしてそば粉を慣れた手つきでこね始めた。

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こね始めてすぐに、コヒュー…コヒュー…ヒュー…と苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

その姿を見て僕は申し訳ない気持ちになった。あまりにも息切れが苦しそうなのだ。しかしひでじいは切れる息の中、言った。「はぁ・・・はぁ、今に見てな、美味い蕎麦を作ってやるから」

その時だった。

「あっ!!!しまった!」突然ひでじいが声を上げた。「腕時計外し忘れたっ」

見ると細い左腕に、小さな腕時計が付いている。

ひでじいは白い粉にまみれた右手で、カチャカチャと腕時計を外しにかかる。

カチャカチャカチャ・・・腕時計はその細い腕にしっかりとしがみ付き、なかなか外れないようで、次第にひでじいは慌て始めた。「あ、くそうっくそう!蕎麦が冷めちゃう」

ようやく腕時計は外れて、再びこね始めるも、ああぁ・・・冷めちゃった・・・と落胆した。

それに追い打ちをかけるように、再び不運が続いた。

何の前触れもなく突然辺りが真っ暗になった。僕らのいた調理場の電気が消えたのだ。

「えっ!電気が消えた?なんだどうした!!」ひでじいがいった。

停電かな・・・僕はそう思ったのだが、居間の電気はついており、調理場の電気だけが消えていることが分かった・

「暗い、見えない!!」暗闇の中、ひでじいが叫んだ。「なんだ、なんで電気が消えた!!?」

暫くして電気は回復し、元の明るさに戻った。ひでじいは、あぁぁ蕎麦がすっかり冷めちゃったよ・・・と先ほどよりも落胆していた。

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 なんとかこねあげて、板の上に置き、うち粉を振りかけてめん棒で広げて切っていく。

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「蕎麦がボロボロだ、見てみな端を!ひび割れてるだろ、これじゃあ駄目だ、これじゃ美味い蕎麦は出来んよ。すまんなぁ」ひでじいはそう言いつつも伸ばして切っていく。

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 「あともう少しで出来上がるから、おわんと箸を用意して、居間で待っててくれ」

僕は居間で待った。

すると突然、調理場から叫び声が聞こえてきた。

「うるさい、うるさい、黙れ!!」と。

何事かと見に行くと、廊下も調理場も真っ白い湯気で充満していた。その中でなにやら甲高い警報がビービービーと鳴り、火事です火事です避難してください、と機械音が声を発している。

見ると、ひでじいが大きな鍋で蕎麦を茹でていたのだ。どうやらその湯気に火災報知器が反応してしまったようだった。

ひでじいはその鳴りやまない警報機を罵倒していた。うるさい、火事じゃない、黙れ黙れ!!と。

 「ぼそぼそで美味くねぇや。これは蕎麦っていわねぇ。すまんな」そういって出来上がった蕎麦。

しかし、息を切らしてこね、時計を外し忘れて、電気が消え、最後に火災報知器まで鳴り響いて出来た蕎麦、そんな苦労の末に出来上がった蕎麦が美味しくないはずがないだろう!!!!!ひでじいの心のこもった蕎麦は僕の体の一部になり、これから先、まだまだ元気に旅が続けられることだろう。

 

 

 

東北縦断8日目 ~飯豊山の麓町、山都へ~

 ガガガガッ・・・・と耐えがたい轟音を響かせながら、それは再びやってきた。

その音を耳にし、パチリと目が開いた。

暗い、まだ夜が深いのは確認するまでもない。

それでも恐る恐る時計を見た。

ちくしょう・・・・

心の中でそう呟いてしまった。

時間はまだ、2時を過ぎたばかりだった。また・・・・こっ酷い時間に目覚めちまったものである。

その後も昨日と同じ眠れぬまま夜明けを迎えた。

今日も1日、寝不足である!

 

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~朝飯とおばさん~ 

 すっかり明るくなったころ、寝袋から這い出てストーブに火を点けた。勢いよく噴き出る青い炎は冷えたテント内を瞬く間に温めた。暫くそのぬくもりに浸った後、水を張った飯盒を火にかけた。水は沸騰し、ふたを開けて切った野菜と餅、みりんと醤油を入れる。立ちのぼる湯気をジッと眺め、タオルで飯盒の淵を持って少しすすってみた。素晴らしい!上出来だ。(料理名はなんというのか、分からない、スープ・・・かな?)

 外は寒く、ストーブに暖まりながら食べる計画であったのだが、突然気が変わった。ストーブの火を消し、刺すような冷たい空気の外へと出た。

太陽は分厚い雲に遮られ、猛烈な勢いで雪が降っていた。それでもテントは屋根下に張ったので雪の影響は全くなかった。

直ぐ近くのベンチに腰掛け、降りしきる雪を眺めながら先ほど作ったスープ?をすする。温かい液体が、冷たい体の中にスーと流れ込んでゆく。幸せになった。

 そうやって外の雪景色を眺めながらゆったり寛いでいると、車から白いぬくぬくのコートを羽織った上品なおばさんが降りてきて、僕のいる狭い屋根の下に歩いてやってきた。

おばさんはうろうろとなんだか落ち着かない様子である。寒いのであろう。

「おはようございます」僕は一言挨拶した。

おばさんは僕の方に振り向き、そして言った。

「あらら、おはようございます。こんな朝に、あなた一体ここで何をしているの?」

「朝飯食べてるんです。今北へ向かって歩いてまして・・・・昨日はここにテント張って寝て、今、雪景色を見ながら朝飯を食べてるところなんです」

「・・・・こんな所にテント張って、ご飯を自分で作って食べて、歩いて・・・あなた、なんて逞しいのよ!」おばさんは言った。

今回の旅を、バカだと言って否定する人も沢山いた。でも、こうやって逞しいと捉える人もいる。

当たり前だが・・・世には、色んな人がいるものだ。

「私はなんであんな人と結婚してしまったんだろう・・・・。私ね、昔は東京に住んでいたの、東京で今の旦那と知り合って結婚し、こっちに移り住んできたんだけど・・・。もし人生をやり直すことができたら、逞しいあなたに出会えていたかしら・・・?」おばさんはため息をつきながらそう言った。暗くて重いため息だ。

なにか相当な悩みでも抱えているんだろう・・・・。後悔とは凄いもったいないことだ。おばさんの今は楽しく面白くないのだろうか・・・?

せっかく心地よい朝を過ごしていたところを突然暗い世界に飲み込まれそうになり、それを打ち消そうと僕は口を開いた。

今こうして未知の地をじっくり歩いて旅し、色んな人と会って話して・・・・どれだけ面白くて楽しんでいるかを意気揚々と語った。

折角何かの縁で偶然出会ったこのおばさんが、5年10年20年後にまた、あの時こうしていればよかったなどと後悔してほしくなかった。

 別れ際おばさんは言った。

「面白い子ねあなた(笑)これからもう直ぐ”蔵の湯”が開館するんだけど、あなたの事を思いながら温泉に入るわ!なんだか今日一日に楽しく過ごせる!」

それを聞いて弾けるように気分が跳ね上がった。

雪は変わらず降り続いており、冷たい風が吹き込んで、僕らを突き刺してくる。

温かいテントに入っていればそれはそれで快適に朝食を済ませれたのだろうが、これはこれで温かい朝飯であった。

 

山都町へ~

 

~まっ黒い旅人~

浅見さんが住む山都町へ行くには、昨日歩いた道を数キロ戻って峠を一つ越え、西の方へ15キロほど歩かなければならない。テントを畳んで荷を整えると、丁度トイレ休憩に来ていたおじさんが傍に居たので、喜多方市内のホームセンターまで乗せてくれないかと頼んだ。ぐしょぐしょに濡れる登山靴を止め、長靴に変更することにしたのだ。

乗せてくれたおじさんが、山都まで行くには道が複雑だというので地図を描いてくれた。また、長い峠を1つ越えなければならなく、峠の道中店も家も何もないので、峠を越える前に麓の部落の民家で一休みした方が良いと助言をしてくれた。

 雑で読みにくく・・・いや読めない地図を片手に町中を暫く歩くと、広がる白い平原を分かつ様に流れる川が現れた。その川架かる橋を渡ると町を抜け、遮るものが無くなった視界が一気に広がった。

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遠く、低い山々が壁の様にずらりと並び、その麓には雪の平原が一面どこまでも広がっていた。ぽつぽつと古民家が散らばっている。

ここまで数キロの間、狭苦しい町中を歩いていたものだから、目前に一気に現れたその広がりは、気分を一瞬にして爽快にした。こういう単純な気分の浮き沈みがまたいいものである。 この風景を思い切り堪能しよう!

  暫く歩くと道は峠に差し掛かった。坂道は結構な斜度がある。

 左右に民家が立ち並んでおり、おじさんの助言に従おうと、そのうちの一軒の戸を叩いた。

「はい。」腰の曲がったバーさんが居間の流れの悪い扉をガラガラ開けて、現れた。

「すみません、突然。これから山都へ行くんですが、水を、コップ一杯水をください」

「水ね、ちょっと待っててくださいね」そう行って奥に消え、手にコップとみかんを持って戻ってきた。

「この雪の中を、歩いてるのかしら?」バーさんが尋ねてきた。

「はい、山都に会いたい人がいまして・・・」

「修行ね。これで2人目よ、あなたで2人目。40年前にも一度あなたみたいに歩いてた人が来たの。その人はなにかの研究者って言ってたわね。本を書いて売るんだって、成功して売れたらずっと飯が食っていけるんだって言ってたわ。一度も、断じて風呂に入らないって人でね、まぁ汚いの!垢で顔も体も真っ黒だったんだから!」ばーさんは笑っている。「あなたを見て思い出したわ、なつかしいわ。あの人は今どうしてるかしらね。生きてるかしら。世の中広いから、あなた達の様に変わった人がいる方が面白いのよ!どんどんやりなさいね」

風呂に入らず、真っ黒の研究者とは一体どんな人物なのだろうか、ここへきて40年前のこのばーさんとどんな会話をしたのだろうか・・・

僕が戸を叩いたことで、40年前に訪れたという真っ黒い旅人をばーさんの記憶から呼び覚まし、微小ながらも不変な日常に刺激をもたらすことが出来ただろうか。

気が付くと玄関で話をし、20分程も経過していた。

「ここへ来たときまた寄ってくださいね。私もう90を超えてて、一人で生きているの。その時はもう生きているか分からないけど」バーさんは言った。

※40年前に訪れた真っ黒い旅人がもし、もしこれを見て思い出したなら、この峠の麓のバーさんに会いに行ってください!

 

 2つほどカーブを曲がって坂道を上り、峠道は下り坂に変わった。グネグネとくねる道を下って下りると、平地に出た。川にかかる橋を渡って歩くと、小さな落ち着いた町に入った。飯豊山のすそ野に栄える町、山都である。

浅見さんがこの町のどこかにいる。けれど、どこにいるのか分からない。

時間は昼を過ぎていた。電話を入れるが繋がらない。きっと忙しいのだろう。

通りすがった住民に、浅見さんて方の事を訪ねると、「直ぐそこの”千”って喫茶店によくいるよ」と教えてくれた。

早速その千に行く。店は古民家を改装し、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。

sabou-sen.chu.jp

 

 

 しかし、千の入り口にはCloseと木札が掛けてあった。ガラスを通して中を覗くも店内は暗く、誰もいない様だ。

どうしようか・・・思い悩んで右を見てみると、すぐ隣に稲庭商店という古臭い商店があった。

中にこたつがあり、2人のおばさんがくつろいでいた。

戸を開けて、閉まっている千の事を訪ねると、待っていれば店のあるじである秋庭さんて女性が来るかもしれないから、それまでこたつの入ってあったまれ!と招かれた。

雪は湿っていて全身びしょびしょになってしまっていたので、助かった。

 「みんな男よ。あたしの子も孫もほとんどが男。男、男、男・・・・女っ気がひとっつもないのよ!!どーいうわけえだか・・・」おばさん達は自らの家族構成の謎を熱く語りだす。「で、あなた兄弟は?」

「僕も、3人兄弟で・・・」

「また男かいっ!!?どーなってんだい!!!」ゲラゲラと笑い出す。

 飯豊山の登山が盛んな頃、活気づいていたこの町で、和菓子を作って売っていたというばーちゃん達。それで登山者も減り町の廃れてきた頃に和菓子屋をやめ、今は商店を細々とやっているそうだ。

 こたつに暖まりながら、頻繁にきていたという田部井淳子さんの写真やら、自分たちが飯豊山に登った時の写真なんかを見ながら談笑をした。面白く温かいばーちゃん達であった。

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 2時間ほど経った頃、秋庭さんが千にやってきて、間もなく浅見さんもやってきた。

 2人とも都会から越してきたという方々で、独特で個性豊かであった。

ひぐらし農園のその日暮らし通信

(上記は浅見さんのHPです)

 

 暫くコーヒーを飲んで話をし、日が暮れた頃浅見さんの家に招かれた。ありがとうございます!

町から離れた山奥、深い雪に埋もれるように山奥に建つ古民家に2人の娘さんと夫婦と2匹の猫と犬とで暮らしていた。

「からしは?からし」浅見さんが言った。

「からしは嫌!わさびがいい!」娘さんが言い返す。

「いや、からしにしよう」浅見さんも言い返す。

「嫌!わさび!!」

「からし」

「わさび、わさび!」

娘さんと、一昨日連れてきた新しい子猫の名前を決める戦いを浅見さんは繰り広げていた。名前は結局何になったのだろうか、それは聞いてないので分からない。

ともかくも、この2日間、寝不足であったため、今夜は除雪車のあの轟音の脅威を臆せず、ぐっすり眠れそうである!

 

2017年1月12日